KeyTronic E03601QL AT101
製造元 KeyTronic
諸元
キー配列 US101 AT
メカニズム membrane/ゴム椀
備考 I/F:AT
Junk Point 材質疲労?
「似て非なるモノ」は、いつの時代でも、何所の世界においても存在する。

このコーナー...というか、筆者自身の嗜好として「月」よりも「鼈」、「雲」よりも「泥」へと向かう道を選んでしまうのは致し方のない所なのだが、本流に対する傍流の位置関係は、それらが置かれている社会状況に左右されるというのは言うまでもないことであろう。

先日の日経BPで、ISSへの物資輸送で順調な業績を上げているHTVについての記事を改めて読んだ。
多くの日本人に希望と自信を与えたJAXAの仕事は、しかしそれが大きな戦略に基づいて計画されたものではなく、様々な偶然がもたらした幸運の結果であったというのだ。

賛否はあろうが、常に不安定な政権と限られた予算に翻弄されるJAXAにとっては、あれが精一杯の仕事であったというのは納得できる所である。

HTVは、スペースシャトルの退役とISS運用の都合で、急遽大型化した補給キャリアを打ち上げる必要に迫られる中で急ぎ開発された経緯があるようだ。
そのため、限られた時間および予算との妥協の産物として、「片肺飛行不能の『出来の悪い双発』エンジン」と「推力を上げられない2段目エンジン」、「補給キャリア外面に貼り付けた利得効率の悪い曲面太陽電池」と、NASAのように莫大な予算を継続的に獲得できる組織では考えられないような仕様になっている。
同じくISSまでの輸送を受け持つ(受け持っていた)かのスペースシャトルとは、たとえ同じ任務であっても大きな差が存在するというのは衆目の一致するところだろう。

しかし、そうした構造的な弱点を持つハードウェアであっても、ここまで全打ち上げに成功している。
つまりは多くのリファインによって実用に耐えうる装置に仕上がっているということであり、それを運用しているJAXAスタッフの素晴らしさと共に、賞賛されてしかるべきなのだ。

背面<br>XT/AT切替SWがある
背面
XT/AT切替SWがある
何が言いたいかというと、一口に「傍流」「亜流」、あるいは「似非」と言っても、その質は多岐にわたるのであって、潤沢な資源を投入された「本流」の質との比較においてそれは明らかになるのではないかということなのだ。

そしてそうした両者の比較は、遡ってそれらの存在する(あるいは「した」)社会背景をも明らかにし得るのではないかと考えられる。
筆者がここで紹介するプロダクツに入れ上げるのも、そのような社会考察を指向しての行動と理解して頂ければ幸いだ。
(基本的には『いぢましいもの好き』が昂じているだけなのだが)

で、例えばこのKeyTronicのキーボードである。

某メンブレンk/bマスターのサイトに類似機が紹介されているが、この鍵盤は、深めのシリンドリカルスカルプチャやカールコード、そしてインジケータ周りなど、(逆L字Enterを除いて)一見当時のIBM Enhanced101に酷似している。
しかしかの鍵盤が"Bullet Proof"などと渾名されるほど強固な筐体であるのに比べ、こちらは情けないほどにベコベコの安普請である。

筆者は準ぢゃんく品をヤフオクで1kで購入したのだが、新品が秋葉で販売されていた頃は2.98kだったという。
1諭吉前後のEnhanced101とは3倍以上の価格差があるし、もう少し後の世のIBM5576シリーズの新品が3諭吉あまりであったことを思うと、当時の鍵盤としては驚くほど安い価格設定だったと考えられる。

キーレイアウトはAT101/USである。
先に書いたようにEnterキーが逆L字型だ。筆者が最近使っているUSキーボードは全て横長のEnterキーであり、その上に通常キーよりやや大きいバックスラッシュが配置されているのだが、このキーボードはバックスラッシュがBSキーの横に配置され、しかも文字キーサイズで非常に小さい。
筆者はファイル/フォルダを開くときに名前を直接入力することが多いのだが、この配置のためにうっかりEnterキーを叩いてしまうことが何回もあった。

ビス止めが少ない
材質疲労でフックが大分割れている
この鍵盤の廉価化指向は、内部にアクセスしてみても頷けるところだ。

ご覧の画像のように、筐体をはじめとしてあらゆる構造物のほとんどがビスを使わずにハメコミで固定されている。

そしてメンブレンスイッチは5576シリーズのように何枚かのシートを重ねるのではなく、1枚のシートを折り返して中央に絶縁シートを挟む構造になっている。

筆者が入手した本機は、「S」キーの反応がイマイチなので、できればメンブレンシートの接点を掃除したい所なのだが、経年劣化でかなりプラが傷んでいるようなので、ばらすと元に戻らなくなりそうな不安があって分解掃除はここまでにした。
スライドレールは樹脂製で滑らか
しかしこのE03601QLは、今日の廉価ノーブランドキーボードとは明らかに一線を画したこだわりがある。

さきほど述べたように、IBM Enhanced101もかくやと思わせるようなシリンドリカルスカルプチャを持っているし、キーを支えるスライドレールは、今日の廉価キーボードのようなプラスチックと違い、滑りの良い樹脂を使用している。

そして筆者がなにより驚いたのが、RealForceと同じく「変荷重」機構を持つということだ。
前出のサイトによれば、このE03601の変荷重はRealForceより更にきめが細かく、35/45/55/65/80gの5段階にセットされているようだ。
しかもこの変荷重機構、LibertouchRealForceのように独立したゴム椀やバネではなく、一枚のゴム椀シートで実現しているのである。筆者からみるとむしろこちらの方が凝った作りのように思えてしまう。

実際同じ指で押してみると荷重の違いがわかるのだが、それこそ段階が細かいので、普通にブラインドタッチで打っていると気付かない程である(最重80gのNumLockなんてほとんど押さないし)。

こうした(今日の平均から考えると)「部分的に非常にこだわった」作りのせいか、深いキーストロークを持つにもかかわらず、動作は静かで滑らかである。
ただ、スライドの遊びそのものは多いせいか、ガチャガチャという感じは結構あって、その辺がまた今日の廉価キーボードとは対照的な味わいを醸し出している。
筆者のの感覚では、荷重は違うがキーの動きやクリック感などはLibertouchに似ているように感じられる。

かつて'80年代末〜'90年代初頭、まだDOS/Vが発表されるかされないか....と言った頃の、秋葉の自作PC店に置いてあったデモ機の鍵盤がこんなだったなぁ....となつかしく感じられる感触である。

おそらくは当時「最低限」のスペックを押さえた鍵盤だったのかも知れない。
それにしても、このクラスのものをスタンダードとして普通使い出来た時代はよかった....と思うべきなのだろうか。
今日の、一昔前とは比較にならない高性能なPCに接続された無個性な廉価キーボードを叩く度に、考え込んでしまう筆者なのであった。


(2011/05/15記)

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