桜木町←根岸線→石川町 | ||
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私的# | 371 |
駅名 | 関内 | |
線区 | 根岸線 | |
捕捉日 | 1986/03/12_19:45 | |
種別 | 赤四角 | |
タイトル | 「港ロマンと白球の輝く駅」 | |
他スタンプ | − | |
「駅にとってスタンプとは何だろう」....滅多矢鱈と押し捲ってふと振り返るとそんな疑問が頭をよぎることがある。勿論駅周辺の観光資源を紹介し、観光客を啓蒙する活動の一環....なのだろうが、しばしば手段を目的化した筆者のような輩が来襲し、地元に金銭を投下しないまま疾風の如く立ち去る....そして作成当初の熱意は失われ、例えそれが破壊されようともこのようなテキトーな修復で済ませてしまう...といったら言い過ぎだろうか。うん、言い過ぎだろう。 まあしかしそんなことは、その土地に思い入れのある人間にとってはどうでもいいことなのだ。今年で大洋→横浜大洋→横浜ファン歴四半世紀を迎える筆者にとって、ここは聖地といってもいいだろう。 とはいえ「負けると悔しい」鬱病体質の○人ファンと違って、「勝てば嬉しい」横浜ファンは普段は無闇に騒いだり一喜一憂したりはしない。98年は確かに萌えまくったが、関内パレードが感無量だったか....というとそうでもない。 筆者がこれまでに一番興奮したのは「オバQ」田代富雄と、「ヒゲ」の斎藤明夫、両者の引退試合(91年と93年)だった。いずれも横浜スタジアム、今度こそ一塁側内野席でまんじりともせずに横浜を応援しつづけていた。 そして筆者の眼前で、そのシーズンここまで打率.000だった「4番・サード田代」は満塁本塁打をレフトスタンドに叩き込み、「ハマの守護神」は「セットアッパー」佐々木の後を継いで最後のセーブを挙げた。海中に没したままの鯨を支えつづけた2人にとって、最高の花道だっただろう。 |