IBM PC keyboard(XT/83key)
発売元/製造元 IBM Corp./Unicomp inc.
諸元
キー配列 83key/US
メカニズム Buckling spring/Capacitive
備考 I/F:IBM Personal Computer(XT)
Junk Point 偉大な先人からの譲受本チャン
今日(2013/02/26)現在、筆者の手元には78種類のキーボードがある。
あるものは日々その打鍵感を愛でられつつ、またあるものは化粧箱の中に大切に保管され、....そして大部分はガラクタの如くデスク背後の棚に堆く積み上げられている。

筆者がキーボードに関心を持つようになったのは、おそらく今を遡ること9年前、PCムラオカでIBM5576-A01を購入したことに始まるであろう。
「知る人ぞ知る『あのキーボード』」と書かれた思わせぶりなPOPに、16,000円という当時の筆者の常識をはるかに超えた価格の中古キーボード。
そそられた筆者は、その正体を探るべくネットで5576-A01を検索し....著明なサイト「鍵人」に出会うことになる。

筆者はそこで、明確な出典の提示と、それに基づく精緻な歴史的・技術的考察、そして何より管理者さんの、キーボードを始めとするPCプロダクツへの深い探求心と愛着が凝縮された解説の数々に引き込まれ、気がつくとそこに紹介されているヴィンテージキーボードを足がかりに、そこかしこのキーボードを手当たり次第に集め出す事態になってしまっていたのだった。

2.8kgの巨体を支えるチルトスタンド
(か、堅い....)

そうこうするうち時は流れ今....かのサイトにその姿が記された「IBM PCで最古のキーボード」のひとつが、何故か筆者の手元にある。

いや、筆者の側の事情は明白だ。単にヤフオクでポチッたというだけである。
筆者が気になるのは、今日においては非常に希少かつ貴重な歴史的デバイスを出品された先方の事情である。
サイトの更新が8年近く止まっているのも合わせて気にかかるところだ。だが、筆者は取引の際にも敢えて問うことはしなかった。

もうひとつ気になったのは、出品された管理者さんの次の一文である。...

>この歴史的なキーボードが市場に出ることはきわめて稀です。
>稼動状態にあるオリジナルのIBM PCが存在する場所もほとんど
>ないでしょう。コレクターズアイテムとして、きわめて貴重な
>品です。PC史の一翼を担っていただける個人ないし団体のご入札
>をお待ちしております。

...で、やってきた先が「なんちゃってKeyboardJunky」の筆者宅だった。よいのだろうか。何やらプレッシャーを感じてしまう。
その歴史背景や希少性を考えると、筆者なんぞが持っていて良いようなシロモノではないような気がしてくるのだ。いや勿論それは、筆者が勝手にそう思っているだけなのだが、実際あのような素晴らしい資料+インプレッションを拝読した後で、筆者ごときに何を語ることがあるというのだろうか。

IBM5150/XT用でPC/AT以降と互換性無し
コンバータを介して接続する

でもまあいっか。まずはいぢってみよう、話はそれからだ。「放置ぷれい」などということになっては、それこそせっかく譲って下さった管理者さんの意志を蔑ろにすることになるだろう。

これこそ出典が明らかでないのだが、Wikipedia呼んで曰く「キーボードのロールスロイス」。
しかし開封した筆者が手にとってアタマに浮かんだのは、「グロッサーメルセデス770K」だった。

今日では有り得ない「全鋼板製筐体」の恐るべき重量感と、それこそミシリともいわない剛性は、あらゆる攻撃を想定したかのアドルフ・ヒトラー用重装甲貴賓車両を想起させる。
キーストローク1億回以上(=今日の一般的なメンブレンキーボードの10倍・同じキャパシティブである『あの』RealForceの3倍以上)」という、凄すぎてイメージが涌かない耐久性とも併せ、これぞ正に"Bullet proof keyboard"ではないか。これは是非とも文章を叩いてみずにはいられない。

とはいえ当然ながら、ATアーキテクチャでも、その互換機でもない「元祖で本家」"IBM Personal Computer"が筆者の手元に存在するはずもない。
筆者宅最古のPCは486DX2のAT互換機で、一応ATコネクタのマザボも残っているが、IBM5150のキーボードは電気的に接続不能である。
検索する内、XTキーボードをPS/2に変換するボードを作ってくれる方のサイトをようやく見つけた。が...残念ながら配布が終了してかなりの時間が過ぎていた。
しかし筆者は諦めなかった。そして、またしても海外通販、またしても送料>価格...orz

届いたHANGSTROM社のXT→PS/2変換基板を介してKVMにつないでみる。どうやら正常に動作するようだ。

Buckling spring機構が見える
スイッチは静電容量式
その弩級の姿と裏腹に、軽やかなタッチをもたらすバックリングスプリングのメカは、筆者が30年近く前に使っていた電子タイプライターのタッチを想い出させる。

それは押下圧だけなら5576-C01とほぼ同じに感じるのだが、タッチはC01のような「カチャコソ」という感じではなく、5576-001/002のAlpsスイッチのタッチをバックリングスプリングで実現した様な感触である。

リズミカルに叩いた時の残響音もどこかで聞いたことがある清んだ音だ。そう、ちょうど筆者が京都・鞍馬に行った折り、宿泊した旅館の庭園にあった水琴窟の、上品で繊細な音色によく似ている。

ことほど左様に、キータッチについては文句のつけようがないほどなのだが、やはりそこはPC黎明期のデバイス、今日の成熟しある程度規格統一が進んだPCのHIDとしてはいささか「?」なところがある。

まずIBM自体も認め、次世代のIBM PC/ATからは改善した「細い改行キー」と「小さいShiftキー」だ。今日のUS配列のつもりでズボラに改行に右小指を伸ばすと、手前の "]" か "~" あたりに着地してしまう。
それともう一つ(こちらの方が筆者にとっては問題なのだが)「数値キーが独立しているにもかかわらず、カーソルキーが10キーと共有」という点だ。

PCの来し方を思い起こさせる黎明期の配列
これらの特徴は(Shiftキーの異常な小ささは言迷だが)、タイプライタ、あるいはラインエディタなど、「文章の『訂正』を前提にしていない文章作成ツール」が主流だった時代を反映しているのかも知れない。
「戻りつつ間違った箇所まで全部消して、正しい文章を再入力」という使い方を考えれば、重要になるのはむしろ「Backspaceの押しやすさ」ということになるだろう。
フリーカーソルモードで使えるスクリーンエディタやワードプロセッサなどはまだ少数派で、カーソルキーの主な使用目的である「カーソルを文章の訂正ポイントまで移動」という作業はそう頻繁になかったのではないだろうか。

ただ一方でこの「カーソルキーが独立していない」キーアサインは、PCの重要な未来を見抜けていなかった...という気がする。「ダブルバイトコードによる多言語化」だ。

たとえば最もメジャーなMS-IMEの標準設定で「変換範囲を変更」するのは、「Shift+左右カーソルキー」になっているが、NumLockがOnだとこのコンビネーションが使えない。
筆者はそれほど多くのIMEを使用したことがないので(松茸/WX3/ATOKぐらい)全てがそうだと言えるわけではないが、多かれ少なかれ変換にはカーソルキーを使うことになると思われるので、他のIMEでも状況は似た様な物だろう。

つまりカスタマイズを行なわない限り、10キーによる数値入力と日本語文入力は、基本的に排他利用...ということになるのだ。
これは意外に面倒だ。もちろんNumLockキーを多用して、数値←→カーソルを切り替えればいいのだが(そのためにこのデバイスのNumLockキーは大きく作られているのかも?)、筆者も含めて「フルキーボードであるからには、文字入力キーと数値入力キーは分離独立したもの」という意識がある今日のキーボードユーザーからすれば、その切替をスムーズにおこなうには多少の慣れを必要とする様に感じられる。

もちろんこれは、この歴史的デバイスを「ガチに普段使いする」場合に生じる問題点であって、それが本機の価値を落すというものではない。MS-DOSプラットフォームでWin32アプリケーションが走らないからといって、MS-DOSの歴史的意義が否定されるわけではないのと同じように。

かの管理者さんも述べておられる様に、このデバイスを装備したPCから始まり、生まれた問題の修正やあらたな技術進化を経て今日に至った、PCの歴史の流れを愛でつつ、時には取り出して打鍵感を楽しみたいと思うのである...ってつまりはお蔵入りかッ(苦笑)




(2013/03/03記)

Keyboard Junkyリストへもどる

Junk Junky