IBM 1397681(Model-M SpaceSaver)
製造元 IBM Co.ltd.
諸元
キー配列 US配列 84keys
メカニズム membrane + buckling spring
備考 I/F:AT
Junk Point ジャンク屋に見捨てられたおぢゃんく
「いつかは死ぬと感じることは辛いけど、永遠に死なないことはもっと辛いのよ」

....過去だけでなく、未来をも含めた歴史を俯瞰したいと思う歴史家は無数に存在すると思うが、もし万が一それが可能な立場に立ったら、おそらくほぼすべての人間がその状況に絶望するのではないだろうか。

歴史のほんの一部を実感する、あるいは歴史のほんの一部になることで、人は遠い過去や未来に思いを馳せるものなのだろう。

筆者が始めて秋葉原の街を訪れたのは、1984年の夏休みだった。
当時の秋葉原は、表通りの大型家電店を除くと、コンピュータ関連の店がまだ半分弱、残りの半分強は玄人向けの電気パーツ店という構成だったように記憶している。
何か筆者が商品について質問しても、完全に無視されるか、「△▽▲が要るの?それともxxx?」という、まったく分からない専門用語山盛りの、禅問答的回答が返ってくる。
そんな店ばかりの秋葉原は、筆者の目に「店も客も大人のマニアばかりの巣窟」と映った。なにやら一見さんが足を踏み入れてはいけないような、煤けた緊迫感が街中に蔓延していたのである。

そんな街にやがてPCの波が押し寄せ、古くからの電子パーツショップを追いやって電脳街となり、今日また二次元サブカルチャーが電脳を駆逐して街の中心部を占拠している。
大学入学当時の筆者は、四半世紀余りの後に、あの黒々とした街のビルのベランダから、ふりひらな女子たちが地上めがけて「美味しくなぁれ、萌え萌えきゅんッ(はぁと)」と怪電波ラブビームを発射する状況など、想像すらし得なかったのである。
配列はModel Mと同じ
キー位置は筆者好みです

そんな現在の秋葉原で、昔日の残照を求めて漂う筆者の目に、このキーボードが飛び込んできた。

所はDOS/V(死語)通りのおぢゃんく屋。
その中でも、棚に並べられることもなく、またパレットに突っ込まれて店頭に並ぶこともなく、まるで打ち捨てられて粗大ごみ行きを待つばかりのように、木棚の足元に放り込まれていた。
棚の陰から、ちらりとのぞくIBMの青いロゴ。

おそらく筆者がKeyboard Junkyでないか、あるいはIBMファンでなければ、気がつかなかった可能性が高い。

だがいずれにも当てはまる筆者は、ついうっかり手にとってしまった。
値札がどこにも付いてない。そもそも売り物であるという風情がまったくない。周囲のホコリを被ったジャンクですら、店舗の中では「商品です」オーラを微弱ながらも出しているというのに。
キートップと軸は一体型
金属スタビライザーはSpaceバー以外は使われていない

(さては売約済みか、あるいは店主の愛蔵品なのか)
....「希少な一品である」という固定観念の筆者は、そう思った。

だが万が一ということもある。レジに持っていき、若い店員さんに尋ねた。

「あの...これって売り物なんすか?」

一瞥した店員氏は、苦笑未満の表情で応じた。
「えー....まぁ、一応そうなんですけど」

...やはり「もったいぶるほどのレアアイテム」ということなのか。
重ねて問うた。
「これって、いくらですか」

筆者にとって驚愕の回答が返ってきた。
「そっすね....300、いや..200円でいいっす」
コネクタはModel-Mと同じ
AT→PS/2変換コネクタはオマケでした

信じられない思いのうちに、商品を受け取った後で(←この辺がコソク)筆者が、
「ホントに200円でいいんすか?これって多分オークションに出したら1万円ぐらいにはなりますよ」
と言ったら、かの店員氏は胡散臭そうに
「ホントっすか?....まぁ古いし、もう作ってないし
という、ジャンク屋にあるまじき返事をされた。

尤も、これは店員氏自身の職業知識が足りない...ということではない。
おそらく彼(見た所20代後半ぐらい)にとっての「ジャンク」エリアは、10年前あたりまでなのだろう。
それを10年ばかり超えた、古式ゆかしいこの「IBM 1397681」は、恐らく発売当時まだ乳幼児、あるいはまだこの世に生を受けていなかったかもしれないと思われる彼の目には「価値あるジャンク品」ではなく「無価値のガラクタ」に見えていたのかも知れない。
排水溝付
90年代Model-Mの嚆矢?

資料によると、この鍵盤の後に続くEnhanced 101 (Model-Mシリーズ)と同じ座屈バネ機構を持つメンブレンキーボードである。筆者所有のそれらの鍵盤と同じく、た〜ぼ湯切りも付いている。
例によって日本人の筆者には「"SpaceSaver"と呼ぶのはどうよ?」と思われるサイズなのだが、10キー付の101と比較すれば当然横幅は少ない。筆者のルミナス卓でも余裕を持って設置できる。

余りにホコリまみれだったので、動作は無理か...と思ったが、予想に反して全キーが正常に作動した。おそらく以前に購入した、この年代のIBM鍵盤と同じく、洗剤で洗えばほとんど日焼けのない筐体が復活するのではないだろうか。

オークションの相場を見ると、箱付の新品で最高\25,000、使用感のある中古でも1諭吉前後で取引されているようである。
誘惑を感じるところだが、筆者はこの鍵盤を手放すことは無いだろう。恐らく。




製造20周年(もう作ってないけど)
底面にはスピーカー溝もある


(2012/04/12記)

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Junk Junky