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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その252

・・・・眼下に広がる雲海。
その所々の切れ間から、東京湾に白波が立っているのが見える。

黄金の翼を陽光に煌かせながら成層圏付近を行く、薄井幸子(28)の姿があった。

彼女の両脇には、博士(56)と木郷君(27)がガッチリとホールドされている。
どうやら、当初の窒息および頚部脱臼による即死の危機は免れたようだ。

「なるほど....たしかに表面波動効果は凄いですね」
「そうじゃろう。こうして亜音速で飛行しておっても、波動効果の内側では普通に呼吸できるんじゃよ。これこそ技術の勝利じゃ、木郷君」
「何をゴチャゴチャ仰ってるんですか!!しっかり掴まってないと危ないですよッ」
頭上から薄井の怒号が降ってきた。
思わず首を亀のようにすくめる2人。

「....しかし大丈夫ですかね?」
「何じゃ木郷君。ここまでワシが説明してもまだ心配かね?」
「いや、うまくいってる分にはいいんですが....我々の命運って全て、薄井さんの両腕にかかってるわけでしょ?」
「当然じゃ。しかしこれだけのパワーが出ておる限り....」
「そう、出てる限りはいいんですが....」「あ、あの....」

2人の会話に割り込んできたのは、さっきとは比較にならないほど弱弱しい、いつもの薄井の声だった。
「ど、どうしたんじゃ?民子さん....」

「..........メガネズレちゃった........」

久々の薄井ギャグ炸裂と同時に、博士と木郷君は薄井の両腕から解き放たれた。
......高度10,000mの虚空の只中で。


た            は
 ‘           ‘
 た          は
  み       か
    こ       せ
    さ      え
     あ      え
      あ     え
     あ     え
      あ      え
      あ      え
     あ      え
      あ     え
     あ      え
      あ     え
     あ     え
     あ    え
      あ    え
      あ  え
       あ え
       あ え
      あ  え
      あ え
      えあ
     え  あ
    え    あ
     え    あ
     え    あ
      え  あ
      え  あ
      え  あ
       えあ
       え あ
       え  あ
       :  :
       :  :
       :  :
       : :
        ::
        :
      (ちゅどーん....)



・・・南国特有のねっとりした空気が、組長・湯浅(53)の弛んだ顎をなでていった。
「ふう....やっと着いたか。さて、博士たちはどこにいるかな....?」

ここ母島は、北回帰線まであと少し....という、東京都の亜熱帯のひとつである。当然本土では秋が深まる11月でも、まだ気温は20度後半を切ることは滅多にない。
さほど大きくない沖港から眺める乳房山のそこかしこに、南国の花々がちらほらと咲いているのが見え、道行く島民もまだ夏の姿のままである。

ポケットからディオールのハンカチを取り出して、額の汗をぬぐった組長は、ふと視線の先に、今しがた乗ってきた「ははじま丸」から降りてくる、知った顔を認めた。
「おや、あれは....」

組長がその女性へ声をかけようとしたその瞬間。

きゅどどどどぉ〜ん

凄まじい爆発音と同時に、港のはずれにあるウミガメの養殖池に10数mの水柱が突き立った。
「な、なんだ....?!」

組長も、船からの荷下ろしに来ていた島民も思わず背を丸めて避ける姿勢をとった。
その上にシャワーのような膨大な海水と、打上げられた重さ百数十キロはあろうかという養殖ウミガメが降ってきた。
カメ爆弾直撃を食らった何台かの車は、完全に破壊されている。

「....一体何が....?!」
ようやく収まりかけた降水の中を、天空から舞い降りてくる一人の少女....とはいえない、一人の....薄井幸子(28)。

ロングのメイド服をふわりとなびかせながら、薄井は養殖池脇の桟橋にY字着地を決めた。

「う、薄井チャン....随分と派手なご到着だな」
「ご、ゴメンナサイ....私またヤっちゃって....博士たちどこに落っことしたのかしら....?」
「は、はかせ....」
「おぅ....ワシはここじゃよ木郷君....それにしても何回ワシらを水没させれば気が済むんじゃね、民子さん....」
「ご、ゴメンナサイゴメンナサイ.....」

人体単独飛行システム『最終兵器彼女給Ver.2.11』の巡航速度は対地1,050km/h。
普通に飛べば母島まで1時間足らずである。

だが東京湾上で発生した最初の惨劇以来、ほぼ正確に40kmごとに薄井は「大村菎爆撃」を繰り返し、その都度チョーカーポッドを使っての捜索に1時間強を要したため、結局母島到着までに費やした時間は27時間半。つまり....

「....船で来ても同じだったんじゃないですか、博士?」
打撲と海中で溺死寸前だったために、むくみと腫れで全身がビバンダム状態の木郷君が分析した。
「まあそういうな木郷君。民子さんだって一所懸命やったのじゃ。誰も責められんよ。そう、誰もな.....」
"誰か一番に責められるべき人を忘れてませんか...."

木郷君が言いかけた横から、組長が声をかけた。
「おう博士、よく無事だったな。早速だが、早く落下地点に行ったほうがいいと思うぞ」
「なんじゃ組長。急ぐ気持ちはよく分かるが『慌てる○○"○(ぴー)はドラえもん』とも言うぞ。ここは少し休んで、捜索は明日にしても....」
「それがどうもそういうわけにいかねえみたいなんだ」
「なんじゃと?」
「実はさっき、俺が乗ってきた船で知った顔を見たんだよ。多分....あれは4階の怪しげな店の姐ェさんだよ」
「ぬ....それはもしかして、晴日さんのことかな?」
いつになく焦った表情で博士が尋ねる。
「そうそうそれそれ....でな....あれ、おい、タクシーに乗って行っちまったぞ....」
「なんと....まずい、まずいぞ木郷君」
「....何がです?何がマズイんですか...博士」
合点がいかない様子で木郷君が尋ねる。

「とにかくじゃ、『あのひと』が『星』の回収に先回りしようとしている可能性は高い....こうしてはおれん。『星』はこの島の最南端、南崎の砲台跡にあるはずじゃ」
「じゃあこっちだ。この奥に俺の昔の地上げ仲間が民宿やってんだ。ちとひとっ走りして車を借りてくらぁ」
組長が山のふもとを指差しながら言った。

「それはありがたいが.....しかし待ってはおれん.....ほい、民子さん」
「え、え........?」
薄井の顔面に『ぐるぐる眼鏡』がセットされた。

たちどころに、薄井は変身する。

「何そんなトコで突っ立ってるんですか、博士も木郷さんもッ!!さあ、まだ日は高いんです!!!捜索に出発しますよッ!!!」

「く"、く"る"ち"い"。。。。」
「た"み"こ"さ"ん"、も"う"ち"と"や"さ"し"く"。。。。」

またしてもヘッドロックで窒息寸前の2人を抱えたまま、薄井は垂直に離陸し、轟音を残して南へと飛び去った。

辺りに立ち込める排熱臭にまかれながら、組長は呟いた。
「....俺、車で行こっと」

....その253へ続く(・・・・)