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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その250

・・・・薄井幸子(28)が、その店の前で佇んだまま、かれこれ2時間が過ぎようとしている。
外出用の黒いロングワンピースに身を包んだ薄井は、本人としては相変わらずハーマイオニーのつもりらしいが、やはりどう贔屓目に見てもストーナーおばさんぐらいが関の山である。

ソフビの塗料や、入浴しないヲ達の体臭で咽返るようなブロードウェイだが、その賑わいは3階までのフロアと、4階の南半分までである。
4階の北半分....そこはまた違った意味で魔窟である。

かつては賑やかであったこの区画も、現在では「都心のシャッター商店街」と化し、まるで大学病院の霊安室か解剖標本保管庫のように鎮まり返っている。
精神世界系古本屋「Prophet-05」は、そんな区画の中にあった。

先ほどから薄井が食い入るように眺めているのは、店の前のディスプレイに置いてある、直径20cmほどの水晶球だった。
歪んだ世界を映し込んだその球の前に「特価 \50,000」の値札が置いてある....こういったものの何が「特価」なのかはよく分からないが。

「あら、薄井さん。来てたのね」
店の中から、物腰の端正な初老の婦人が穏やかな笑顔で現れた。この店の女主人である相沢晴日(63)である。
「こんにちは。これ....素敵なクォーツですね。吸い込まれそう....」
薄井が恍惚の表情を浮かべた。
「そうねぇ....確かに疵はないんだけどね。前に持ってた人が除霊をサボってたみたいで、だいぶ邪気が溜まってるのよ」
「あ、ホントだ....だからなんですね」
「でも薄井さんなら大丈夫ね。ご自分で除霊は?」
「はい、できます。でも....」
「あら、お金なら今でなくていいわよ。暫く使ってみて。知らない仲じゃないんだし」
「ほ、ホントですか....ありがとうございます」
「そうそう、頼まれてたスカパフローフィヨルド遺跡楔形文の注釈付写本が届いてるわよ。ちょっと先に見せてもらったけど、地脈図もついてるから分かりやすいわ」
「ああ、待ってたんです....これで地縛低級霊の妨害を減らせそうですね」

....電波な会話が行われているところへ、小学生男子2人の元気な声が割り込んだ。
「おばちゃーん、ちょっとこれ見てよ」
「何々?」
「博士のお店で買ったんだけどさぁ、動かなくなっちゃったんだよ」
「えー?じゃ博士に見てもらったら?」
「だってさあ....博士ったらいつもヒマなクセに行くと『今忙しいんじゃ、後でな』ばっかりなんだもん、アフターサービス悪いよ、あの店」
「ねぇ....おばちゃんなら分かるでしょ?なんとかしてよ」
2人が手に手に持った蟲....のようなものを差し出した。

それは強いて言えば、全長20cmに巨大化したムカデの足先それぞれに羽がついている....ようなモノだった。
”かつてシルル紀に地上に存在した、甲殻節虫類の祖先である....”とは、ハコに書いてあった博士直筆の解説である。

その中々にキモい玩具を手に取った晴日は、ひっくり返したり覗き込んだりして調べた挙句言った。

「これね....それぞれの羽の根元についてるイオンアクチュエータの排気ノズルが細すぎて目詰まりしやすいのよ。ここをブロアーでお掃除すると....ほら動いた」

晴日の手を離れた謎の羽虫は、低い羽音を立ながら、うにうにと空中に浮遊した。
「おおっ、スゲェ」
「1週間に一回ぐらいはちゃんと掃除したほうがいいわよ....それと本体のここにあるリチウム燃焼炉の制御ビットを、あと0.2下げたぐらいが、イオンの噴射効率が丁度いいかな....おばちゃんちのパソコンで設定してあげよっか?」
「わーいやったーっ」「やぱおばちゃんちへ来て正解だったよ」
「困りますな...相沢さん」
何時の間にか、大喜びの小学生の背後に、苦りきった表情の博士(56)が立っていた。
「お前たち....ワシの製品は不法改造すると保証対象外じゃぞ」
「いーだ」
悪態ついて小学生が脱兎の如く走り去った。

「あらごめんなさい。余計なことをしちゃったかしら?」
相変わらず邪念のない穏やかな表情で、晴日が応えた。

「あの甲殻節虫モデル『舟蟲』のセットはワシが最適化したもんですぞ。勝手に弄らないでもらいたいですな」
「そうねぇ....博士。貴方は昔からフカすセッティングが得意だったもんね....」
「ぐっ」
「前に作った、ほら、なんて言ったっけ....」「た、民子さん、探しとったんじゃよ。すぐに戻ってきてくれんか」
「は、はい....(幸子ですけど...)でも私今日は....」
「休みというのはわかっとる。じゃが事は一刻を争うのじゃ。さっき射出された『星』の所在が判明した」
「・・・・!」

....博士の言葉に、晴日が微妙な反応を示した。
彼女の変化を視界の隅に捉えていた博士。
それが何であるのか、博士には気にかかった。なんだかは思い出せないが、何か重要なことを忘れているような気がする.....。
が、口にしたのは別のことだった。

「あぁ....さっき何か地鳴りのような音がしましたけど....」
「そうそうそれじゃ。いましがた木郷君とあずさクンが回収に失敗して飛んでいってしまったのだが....ワシの技術力を総動員して、落下地点が特定できた。小笠原じゃよ、民子さん。小笠原へ飛んでくれ」

....さりげなく成功は自分の功、失敗は他人のせいにした博士。

「は、はぁ.....でもなぜ私が....」
「話は後じゃ、店に戻るぞ。民子さん、木郷君」
「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ博士〜」

....後に残された晴日。
その端正な細い顎に、白い指を当てた。
「....予定通りだわ」
謎めいた一言を呟くと、晴日はそそくさと開けたばかりの店を仕舞い始めた。・・・・

....その251へ続く(・・・・)