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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その248

・・・・翌日の朝。
中野駅から南口の玄関を入って角を曲がって、3階に通じるエスカレータに乗ろうとしたところで、ふと木郷君(27)は足を止めた。
1階トレカショップ前になにやら人だかりができて、みな一様に上を見上げているのだ。

"・・・・なんだ?"
木郷君の視線に気がついたのか、その中の一人が振り返り、手を振った。
「あ、木郷さん木郷さん、大変ですぅ」
鵜野森あずさ(22)だった。
「あ、ああおはようみなわちゃん...じゃなかったあずささん。何かあったの?」

"それにしてもこのコ、普段着を持ってるのか?"
....彼女の緑色のワンピと黄色いリボンのメイド服を見ながら木郷君は深刻な疑問を持った。
....確かに深刻な疑問ではあるのだが、一目見てそれと判じてしまった自分のイき具合もかなり深刻であることに、木郷君自身気がついていないようだ。

.....が、さしあたって発生している何がしかの異常にはまったく関係ないことである。
「ほら見てください、あれあれ」
「なになに?博士の獄門首でも晒されてるんかな?」
「それもオモシロイですけど....ほらあの」

さらりと恐ろしいツッコミをかましてあずさが指差した先に「星」があった。

「あぁ....あの最近夕方になると『ほにょほにょ』と浮かんでるアレね」
「そうなんですけど....ほら前からここにあったのと違うでしょ?」
「あ、ホントだ。昨日までは確か....」

人々が見上げた「星」がぶら下がっている下に、張り紙がある。
『この中のメッセージは、「ブロードウェイ40周年」にあたる2005年に届くよう、20周年の年に書かれたものです』
そう、「星」の中に、たくさんのメッセージカードが入っていたのだ。昨日までは。
「....ところが今朝管理組合の人が見回っていたら、あのアドバルーンの星と入れ替わってたっていうんです....それで今博士が組合長さんと打ち合わせに行ってるところです」
「え"、博士が....?マズイ、あずさちゃん、お店を頼んでもいいかな?」
「え、いいですけど....もう薄井さんは来てるんじゃ?」
「今日はお休みとかいってたな....上の階に引きこもるらしいし」
「そうなんですか....じゃ、いってらっしゃいませ」
....走り出したあずさだったが、エスカレータの段差につまづいて見事に靴屋の什器にボディープレスをカマしていた。

そんなお約束におかまいなく、木郷君は管理事務所を目指した。
「博士が一枚かむと、火のないところに対消滅を起こすからなぁ....」「ワシが何じゃと?」「わっ!博士?!打ち合わせ中じゃ....」

いつのまにか木郷君の背後に影のように博士(56)が張り付いていた。
「とりあえず事情を聞いてから、また現場に戻っておったのじゃよ。アストラル体中和装置『ハッピー船井』で気配を消しておったから君は気がつかんかったじゃろうが」
「なんでまたそんな....」
「よく言うではないか、『犯人は必ず現場に戻ってくる』『現場百回』『現場するならネオパンSS』と」
「最後のは現像です」
「細かいことは気にするな。そうしてワシは重大な事実をつかんだのだから」
「....というと、もう犯人の目星が?!」
「『ホシ』は入れ替わっておったのじゃよ」
「.....はあ?」
「だから....『ホシ』は入れ替わっておったのじゃ」
「あの....すみませんおっしゃる意味が....」
「わからんかね木郷君。ああ君のボケもそこまで回ったか、こないだから組合が空に浮かべてるあの『星』じゃよ『星』」
「んなもん見れば....」「わかるだろーが博士」「わっ?!」

気がつくと木郷君は、パンチの頭にチェックの上下、赤のポロシャツというなりの巨大なおやぢにバックを取られていた。
「く、組合長....いつのまに」
木郷君の背後にいたのは、管理組合長の湯浅(53)だった。
「大体博士よぉ、さっきそれは話したじゃねぇか」
「おお、そうだったかな....ま、いずれにしても過去の事はともかく、組長さんも来た事だ、ワシが屋上と一階を調査して、今の段階でわかってることを整理しておこうではないか」
「組長って言うな」
「仕方なかろう、まんまなんぢゃから」
....実際、湯浅はかつて、この一帯では知らないものがいないほど恐れられた『組長』だった。
それがボンボンだったころからヒソカに集め続けた「婦人服」.....それも女学生の袴とか、巫女さん服とか、ビアホールの女給服とか、ある特定分野の....を扱う古物商に転身したのは、ある人物との任侠の面子を賭けた戦いに敗れた為と言われている。
「....それがワシというわけじゃ、木郷君」
「誰も聞いてませんし、信じてません」
「とにかく....早いこと何とかしてもらわんと、これからのイベントにかかわってくんだよ。上はどうなってたんだ?」
「そうそうそれじゃ。誰かは知らんが、なかなかに手の込んだことをしてくれたもんじゃ」
「というと?」
木郷君と組長がともに博士の差し出した紙片を覗き込んだ。

「まずあの『星』じゃ....あれは一見昨日までの風船星と同じようにへなへな風任せに浮かんでおるように見えるが」
「....違うってぇのか?」
「考えても見たまえ組長。あの中に入っておるメッセージカードの重さがだいたい一枚2〜6g、それが2000通じゃぞ。最大で12kg、しかも強化ガラス製じゃ。ざっと20kgは超えるシロモンじゃよ。そんなものが空に浮かぶと思うかね?」
「えーと....中に何かつめてるんじゃねーの?ヘリウムとか」
「ヘリウムは地上の気圧で1g/Lの浮力しかないから、あの星の内容積40Lに目いっぱい詰めても40g、これだとあの星の自重すら浮かばせるのは無理じゃ」
木郷君が首をかしげた。
「だとしたら一体.....あ、まさか博士!」
博士がうなずく。
「そのとおりじゃよ木郷君、ワシが先日開発した薄膜型重力遮蔽フィールド『ドラえもんシール』....隣のビルから観測した結果、あれと同じ力場分布があることがわかったんじゃ」
「....わかりました博士。貴方を警察に突き出して、拷問で吐かせれば済む話ですね」
「冷静な顔してボケをかますでない木郷君....第一あの商品がまだ試作品で、1平方μのサイズしか製造できてないのを、君も知っておろうが」
「それは....ということはまた技術漏洩ですか」
「いや、それがどうもそうではないようなんぢゃよ...」
「というと?」
「たしかに力場分布はワシの開発したものと同じなのじゃが、どうもエネルギーの利得効率に若干の差があるようなのじゃよ....しかもワシの試作品より計算値でおよそ13%近くもゴニョゴニョ

なにやら口ごもってる博士の隣で、湯浅が咳払いをした。
「あー....エヘン!....ともかくだ、いつまでも40周年のメインイベントに使うアレをあんなところに飛ばしとく訳にはいかねぇ。仕掛けが分かってんならとっとと回収してくれねえか、なあ博士」
「ところがそう簡単にはいかんのじゃよ、組長」
「何でだよ?」
「さっきも言ったろう、へなへな風任せに浮かんでおるように『見える』と」
「ああ、それがどうした?」組長が苛立った声で聞き返す。
「まさに『見える』だけなんじゃよ組長。いくら重力を遮蔽しても質量自体が消えるわけじゃない。とすれば風が吹いたところで、その質量なりに加減速するわけじゃから、もっと振幅がゆったりとなるはずなんじゃよ。それがああいうふうに風船見たく揺れておるのは、まさにそういう風に揺れるように制御されておるからじゃ」
「なんだって....」
「つまりこういうことじゃよ....あの『星』の各稜に超小型の位置/加速度センサーと荷電粒子放出型加速装置が取り付けてあるんじゃ。それによって風の流れを感知して、あたかも『同じサイズの風船』がほへほへと風に泳ぐように動いておるのじゃ」
「なんだってまたそんな手の込んだことを....」

博士が大きく頷いた。
"あ....楽しんでる...."
木郷君には分かった。そこそこ長い師弟関係が生んだ以心伝心と言えるだろう。木郷君にとっては不本意きわまるが。

「そう、肝心なのはここからなんじゃよ。あの『星』を係留しているワイヤー、あれが屋上のある装置につながっておる」
「装置?」
「多分演算装置じゃろう。あの動きを計算して指令を送り、また『自然な風の流れに乗った動き』をしておるか監視している本体じゃな。そしてワイヤーの分岐が『星』についているNOTマイクロスイッチにつながっておる。そっちは多分重力遮蔽の制御開放スイッチじゃな」
「....ということは、それが外れたり、回収しようと外力を加えると....」
「おそらくいつぞやのスケボー野郎と同じ運命じゃな、木郷君」
博士が応えた。
「超音速で成層圏に射出され、ホントの夜空に輝く星になるじゃろう.....しかもご丁寧に、屋上に上がる全ての通路にブービートラップが仕掛けてあるようなんじゃよ」
「.....!じゃどうすんだよ?!引きずり降ろすことも、階下から捕まえに行くことすらできねえってのか?!」
「まあそう興奮するな組長。人が作ったモンじゃろ?ワシに解体できないわけがないだろうが」
「そうか....まあ頼りになるのはあんただけだ、頼んだぜ博士」
「.....」

"....ある意味合ってるな...."
"....確かに博士に「解体」できないものはない...."
"....「破壊」といったほうが正しいかも...."

....だが、ここは黙っといたほうが良さそうだ。
余計な茶々を入れると、一応博士を信頼しているらしい組長のローブローで、木郷君の方が成層圏まで飛ばされそうだ。

「さてと、さっそく攻略戦にとりかかるとするか、木郷君」
意気揚揚とショップに引き上げる博士であった。・・・・

....その249へ続く(・・・・)