短期集中連載(笑)
.....「ご乗船の皆様にお知らせ致します。本船はまもなく『虚数中心1』付近の宙域に到達致します。特異点の回転ブレが大きい影響で、本船かなり揺れましてご迷惑をおかけ致しましたが、おかげをもちまして本日は894秒と、ほぼ最長時間の観覧時間になる予定です。.... .....ただいま前方に見えてまいりました!私たちの故郷・『地球』です!!是非2階展望室で肉視でご覧下さいませ!!あと830秒ほどございます。展望室へお急ぎくださいませ!」 定期観光船のアナウンスが興奮気味に響く船内を、私は人々の群れとは逆に船底へと向かった。 電子ロックをジャミングデバイスで解錠する。 システムを起動し、残り燃料を見た。 ゲートコントロールのコンピュータをハッキングする。 私の目の前に、暗黒の中にくっきりと浮かぶ青い星が大写しになった。 小型救命シャトル艇内のスピーカから警報とオペレータの悲鳴が私の耳に飛びこんでくる。 それらを無視して、私は推進スラスターのレバーを引いた。..... .....大気圏降下に4分あまりを費やして、シャトルは高層ビルを見晴るかす港の近くに着水した。 そのまま水面を走って、私は静態保存船が静かに横たわる港の一角にシャトルをつけた。 見ようによっては小型船舶と見えなくもないシャトルと、中から一人で港に上陸した老婆の姿は、そこにいる人々の興味を引いたようだが、騒ぎを起こすには至らなかった。私は桟橋を渡って、海沿いの広場に出た。 あの日と、何も変わらない公園。 あの日と、何も変わらない青空。 ただ違うのは、季節が冬であることと、貴方がそこにいないこと。 間違いない事実は、貴方が今この星のどこかで、貴方の愛するリツコと最後の時を迎えようとしていること。 そして、ここにいる私のもとには決して現われないこと。 でも、それでよかった。 私は貴方との想い出を、貴方への想いを解き放つためにここに来た。 外から見れば永遠に輝きつづけるこの星も、あと10分足らずで跡形もなく消え去ってしまうだろう。 貴方をついに失くすことができなかった、愚かな私とともに。 どこまでも青く、抜けるような冬晴れの空。 なつかしい空を仰ぎ見ながら、私は痩せて青白い私の身体で、想い続けた私のすべてで、貴方を抱きしめた。 一人きりで。.... |