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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その243


・・・・「....すると今回の現象も自転速度と軸の変動が原因なの?」
「その可能性は高いと考えられます。ご存知の通り、残念ながら地球は40年前に事象の地平線を越えています。ですがこれは地球上の時空でのことで、シュワルツシルト付近の引き伸ばされた時空ではその縮壊までの時間は永遠に引き延ばされるのが一般的です。そしてコゾロフスキー解による解析によれば...」
「常空間側のブレがそのまま『外部にとっての事象の地平線付近の時空の進行』を大きく変動、時には逆行さえ起こりうる....それが結論ね」
「そのとおりです。実際には特異点の質量が小型のため、時空の「振れ幅」は最大でも±900秒程度と推定されます」
「15分の復活というわけね」
「はい....もちろんそんな世界に行ってみることはお勧めできませんが」
「ありがとう。調査を続けてちょうだい」
私はオフィスに報告に訪れたスタッフに背を向けた。....

....人類最大の都市となった衛星カリストのヴァルハラシティーは「甦った」母星の話題で持ちきりとなった。

無論それは実体ではなく、在りし日の思い出を起こさせる幻としてでしかないのだ。
だが遠い昔に失われていたとしても、人は懐かしい故郷を思わずにはいられない。

ほどなくして「地球帰還ツアー」を銘打った観光船の運行が始まり、限られた募集定員を目指して予約が殺到した。
彼らの故郷を目の当たりにできるのは空間跳躍航行中のわずかな時間だけ、もちろんその地に降り立つことは出来ない。それも虚数中心の「天候状態」によってはどうなるかわからない....といった、かつての地球上であった「ホエールウォッチング」にも似たシロモノだったのだが。

「人は昔の楽しかった思い出を糧に生きる.....か」
私は遠い日に誰かに聞いた言葉をつぶやきがら、瞳を閉じた。

若かった頃の、祭りのような日々。
輝く光の中で、あの涼やかな笑顔が私を見ていた。....



.....「ご乗船の皆様にお知らせ致します。本船はまもなく『虚数中心1』付近の宙域に到達致します。特異点の回転ブレが大きい影響で、本船かなり揺れましてご迷惑をおかけ致しましたが、おかげをもちまして本日は894秒と、ほぼ最長時間の観覧時間になる予定です。....
.....ただいま前方に見えてまいりました!私たちの故郷・『地球』です!!是非2階展望室で肉視でご覧下さいませ!!あと830秒ほどございます。展望室へお急ぎくださいませ!」

定期観光船のアナウンスが興奮気味に響く船内を、私は人々の群れとは逆に船底へと向かった。

電子ロックをジャミングデバイスで解錠する。
システムを起動し、残り燃料を見た。
ゲートコントロールのコンピュータをハッキングする。
私の目の前に、暗黒の中にくっきりと浮かぶ青い星が大写しになった。

小型救命シャトル艇内のスピーカから警報とオペレータの悲鳴が私の耳に飛びこんでくる。
それらを無視して、私は推進スラスターのレバーを引いた。.....

.....大気圏降下に4分あまりを費やして、シャトルは高層ビルを見晴るかす港の近くに着水した。
そのまま水面を走って、私は静態保存船が静かに横たわる港の一角にシャトルをつけた。

見ようによっては小型船舶と見えなくもないシャトルと、中から一人で港に上陸した老婆の姿は、そこにいる人々の興味を引いたようだが、騒ぎを起こすには至らなかった。私は桟橋を渡って、海沿いの広場に出た。

あの日と、何も変わらない公園。
あの日と、何も変わらない青空。
ただ違うのは、季節が冬であることと、貴方がそこにいないこと。

間違いない事実は、貴方が今この星のどこかで、貴方の愛するリツコと最後の時を迎えようとしていること。
そして、ここにいる私のもとには決して現われないこと。

でも、それでよかった。
私は貴方との想い出を、貴方への想いを解き放つためにここに来た。

外から見れば永遠に輝きつづけるこの星も、あと10分足らずで跡形もなく消え去ってしまうだろう。
貴方をついに失くすことができなかった、愚かな私とともに。

どこまでも青く、抜けるような冬晴れの空。

なつかしい空を仰ぎ見ながら、私は痩せて青白い私の身体で、想い続けた私のすべてで、貴方を抱きしめた。
一人きりで。....

....その244へ続く(White Aster)