短期集中連載(笑)
.....港のほうから流れてくる初夏の海風が、陽射しで少し火照った私の頬を心地良く撫でていく。 薄手のシルクのパーティドレスにしてよかった。胸元が大きく開いたデザインは恥ずかしかったし、久しぶりの1G下で履くハイヒールは転びそうだったけど。 通りの向うにあるホテルの門扉が開き、彼らを待ち受ける私たちの間から歓声が上がった。 サテンのウェディングドレスに身を包んだ西条リツコ(31)が、向日葵のような笑顔を振りまく。 その横で....優しく微笑むアイザックの横顔を見た時.... 私は不意に胸に突き刺さる痛みを覚えた。 2人の結婚式は、私の地球帰還に合わせたように執り行われた。実際私より1年前に帰還したアイザックにとっても、色々と準備のために時間がかかったのだろうが、そういう心配りをしてくれる彼等でもあった。 そうした心配りが私にはつらかった。 ヴァルハラベースで彼と仕事を供にした私の胸の中で、彼への想いは日に日に増すばかりだった。 決して実を結ぶことのない、親友の婚約者への想い.... 「ミレイ!来てくれたのね!」 「当たり前でしょ。そのために休暇を取ったんだから....人をこんな遠いところにまで呼んどいて、リツコをフシアワセにしたら承知しないからね!!」 「わかってるよ」笑顔で応えるアイザックに、ブーケを手にしたリツコが寄り添った。 「じゃあ、またあとでね」 「うん」 公園の中央にある形ばかりのチャペルの前で、2人は誓いの言葉を述べた後、静かに唇を重ねた。 3日後には、私はまた地球を離れる。 アイザックも「特異点」監視のチーフとして、3ヶ月後にはまたヴァルハラベースに戻る予定だ。90日だけのハネムーンとはなんとも慌ただし過ぎるが、2人の表情を見ていると、そんな距離をものともしない強い絆を感じずにはいられなかった。 "お幸せに...." 地上に降り注ぐ強い陽射しの中で、私は2人の姿を遠巻きに眺めながら、私だけの想いを胸の中にそっとしまい込んで鍵をかけた。 「....やはりそうだ。自転軸がかなり『みそすり運動』をやってる」 アイザックの声に、私は我に返った。 「一般相対性理論へのデータ外挿マトリクスを数ヶ月前とは切り換える必要があるじゃないかな」 「そうね....コゾロフスキー解を使ってみましょうか」 一般的にはブラックホールは、事象の地平線を持つといっても巨大な質量を持つ常空間上の点である。だがボスニアの物理学者イヴァン・コゾロフスキーが今世紀初頭に発表した論文では、ある特異な運動パターンを持つ質量点近傍では必ずしもこれにあてはまらないケースがある可能性が示唆された。 回転するブラックホールでは事象の地平線に糸巻き状の歪みが生じる。その歪みは自転軸のブレと重力場の影響を受けて増幅し、ついには特異点がその糸巻きの両極方向に分裂し、質量点の「内部」に事象の地平線を展開するという、いわば「裏返った特異点」を生じる事があるというのだ。 理論的には、裏返った特異点同士は相互に時空のトンネルを形成し、さらには「他のどこか」にある同種の特異点とも繋がっている可能性があり、これを利用できれば人類は空間跳躍という魔法の絨毯を手に入れる事になるのである。 もっともこの時の私は、そんな遠大な人類の夢を追う事よりも、自分の小さな想いを心の中で温めることに夢中だった。 だが、アイザックはそんな私の気持ちを知らない。 私はあくまで愛する妻・リツコの親友であり、特異点監視研究チームの信頼できる同僚なのだ。 私もそんな自分の立場に満足することで、自分を納得させようとし、そしてそれにようやく慣れはじめていた。 「そばにいられる」.....それだけで十分だったのだ。 だが、しばらくの計算の後にメインコンピュータが表示した結論は、私たちの運命を大きく変える事になる..... The most possible condition of the specific point during next 1 year: Generation of "2 Imaginary numeric center"s: 93% Position of "Imaginary numeric center#1" : 778.4*10^6km [from center of solar system] SSS:α-120.08, β-24.72, γ-0.14 This position must be on the orbit of ganymede. Position of "Imaginary numeric center#2" : 149.6*10^6km [from center of solar system] SSS:α-132.35, β-33.28, γ-0.00 This position must be in the centre core of Earth. ディスプレイに表示された文字列を見つめながら、私とアイザックは自分たちが古代トロイ王国の預言者カサンドラになったことを知った。 私たちの報告を受けて、直ちにSDの緊急首脳会議がもたれた。 数週間におよぶ貴重な時間を費やしての激論の後.....SDの下した決断は「消極的救命計画」だった。 一般市民の中から、無作為に抽出した人々をヴァルハラベースに建設するシティに移住させる.... その数、最大でおよそ1800万。全人類80億のわずか0.225%に過ぎない。 人類は突如として、未曾有の危機に直面したのだ。 だが私にとっては、そんなことは取るに足らないほど大きな事件が待受けていたのだ。・・・ |