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短期集中連載(笑)  
 
−この物語は、フィクションである− 
 
 
その239 
 
 
・・・・出発のその日、種子島の宇宙センターで最終点検を行っている最中の私に、大学時代からの親友が電話をくれた。 
「いよいよね、ミレイ」 
「リツコ!久しぶり!!」 
スクリーンの向こうに、西条リツコ(29)のいつもの笑顔があった。 
彼女は当時SD-2の最重要セクションであった月面航路トラッキングシステム開発チームに所属していた。 
「1年って短いようだけど、くれぐれも身体に気をつけてね」 
「ありがとう、リツコもね」 
「それでね、ミレイ....あの....ひとつお願いがあるんだけど」 
「なあに?」 
「先遣船団のオペレーターの中にアイザック・ダグラスって人がいると思うんだけど....」 
「えーっと、確か3番艦『エウロパ』の人ね。その人が何か?」 
「えと....その....メッセージをお願いしてもいいかな....」 
「あーリツコぉー....さては!!」 
「・・・・」 
「この公私混同オンナがっ!!ねぇねぇ、いつからなの、彼とは?」 
「い、いいじゃない....もう3年も会ってないんだから....」 
「げげげっ、アタシに隠れてそんな前から....許さんぞこのぉっ」 
「ねえお願いミレイ....あの....帰ってきたら彼と...その...」 
「みなまで言うなこの幸せモンがあぁっ、分かった分かった、あたしが彼の脇腹に特大のロンギヌスの槍をブチ込んで来てやるから、あんたは安心して地球で夢でも見てなさいよって」 
「な、何よそれ....私はただ....元気で帰ってきてねって....」 
「はいはい了解しました。おっと、そろそろお仕事に戻らなきゃ。じゃあね、式にはあたしも招待してよね」 
「もうミレイったら....じゃ、元気でね」・・・・ 
 
・・・無事木星周回軌道に乗った船団から数十隻のシャトルが放出され、多量の補給物資と共に私たちは衛星カリストのヴァルハラクレーターにあるベースキャンプに到着した。 
トラスハニカム鋼鈑の無機質なゲートが閉じられ、与圧が完了したドックに先遣隊の8名が出迎えにやってきた。 
僅かばかりの挨拶の後、三々五々状況報告や連絡を兼ねた雑談が両隊員の間で始まった。 
なんとなくあぶれてしまった私の目の前に、碧眼で硬質のグレーの髪をもつ、長身の男性が歩み寄ってきた。 
「はじめまして。貴女がミス・キンジョーですね」 
「は、はい。あの....」 
「あ、失礼しました。私はアイザック・ダグラス。アイザックと呼んでください」 
「あ....貴方が....」 
「貴女のことはリツコからよく聞いています。重力場理論でとてもいいお仕事をなさったと」 
 
涼やかな笑顔が、包み込むように私に向けられた。 
 
「そんな....たいしたことないです」 
うつむいて私は答えた。 
 
「ご謙遜ですな。出発前にリツコとは?」 
「...ええ、電話をもらいました。貴方によろしくって」 
「そうですか....いや、ありがとうございます。彼女とは今度地球に戻ったときに式を挙げようと思ってるんですよ。ぜひ貴女にも来ていただきたいな」 
「はい....よろこんで....」 
「とりあえず今日はお疲れでしょう。宿舎にご案内します」 
 
アイザックは足早にキャットウォークへと向かった。 
彼の広い背中を追いながら、私は突然に悟った。 
生まれて初めて、恋に落ちたのだと。・・・・ 
 
 
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