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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その236


7・1

夜来降った雨水が、人工芝の上に陽炎となって横たわっている。
すでにグラウンド上は、40度近いサウナと化しているようだ。

その中を、決勝の相手である闘隗大相撲高校ナインの姿が躍動している。

「スゲェーな、さすが毎日野球ばっかりしてる奴らは違うな」
林田(17)が上山勝男(17)に囁いた。

「うん、でもきっと頭の中はなんにも入ってないと思うよ、彼ら」
「それは俺らもおんなじだろ」
「違いない」
「あはははは」
「とにかく、今日はしまっていこうぜ!」
「おーっ!」
「奴らは野球のエリートだ!だが所詮エリートはエリートだ!!」
「おーっ!!」
「俺たちはクズだ。クズはどう頑張ってもクズだってことを奴らに教えてやろうぜ!!」
「お、おーっ!!!....(?)」

林田のゲキと共に葛高ナインが本塁上で相撲ナインと礼を交わすべく飛び出していく。
「たくましくなったのう....もう彼らに教えるべきことは何も無いようじゃ....」
ダグアウト前で腕組みをしながら、博士(56)は目を細めた。
「何気分出してるんですか、大体何を教えたというんです、現段階まで?」
「え、えーと....と、とにかく試合開始じゃ、木郷君」

相撲高先発・間垣は、中学時代からその才能を嘱望された今大会随一の本格派投手だ。
すごく速い速球とすごく曲がるカーブを武器に、県下では無敵と言われた選手である。すでに複数の球団から逆指名の要請が入っている。

流石に付け焼刃の葛野打線では正直歯が立ちそうも無かった。
しかし、打線に打つ手が無いのは、強打を誇る相撲高も同じであった。
随意筋支配神経がマックシング状態にあるフレディが投げ下ろす剛球の前に、三振の山を築くばかりである。

またしても投手戦になった。そして運命の最終回。

この回先頭の麻原がバッターボックスに入る。
「.....?!」
間垣が目を見開いた。麻原がホームベース上にバットを寝かせたまま構えている。
「あれは....まさか....眉月...?」

だが、間垣がゆっくりとワインドアップからテイクバックに入った時に「それ」は起こった。
バットを突き出したままの麻原がゆっくりと回転を始めたのだ。
回転は次第に速くなり、やがて舞い上がる砂塵と共に麻原は離陸した。

「ッッッッ?!」
すでにリリースに入っている間垣は、それでもあまりの非常識事態にバランスを崩し、彼らしくもない棒球が投げ込まれる。
空中を浮遊していた麻原の肉体が打席に着地したのは、正にその瞬間だった。

ばごっ。

何かが何かにめり込む音がして、刹那麻原は1塁へとダッシュする。
「お、おいキャッチャー!!」
間垣が本塁を指差す。球はそこに食い込んでいた。
捕手の八幡が慌ててベースから球をほじくり出す。
だが、一塁は悠々セーフだった。

「よし!!いいぞ麻原!!」
「竹内!!しっかり送ってけよ!」
2番竹内が頷いた。

「そうだ....確かこいつは妙なバントをやるやつだったな。要注意だ」
打席に入った竹内....またしても本塁上空にバットが横たわる。

「こいつもか....まさかまた....」
間垣はちょっと動揺した。だが気を取り直して今度は150キロ後半のカットファストボールが、バントのしにくい高目にうなりを上げて投げ込まれた。

「....」
一閃した竹内のバット。
試合で初めて見せたスイングだった。
真芯に当たったライナー性の打球は、三塁側自軍ベンチへと突進する。だがそれは、博士の眼前で大きく軌道を変え、インフィールドに戻ってきた。「???!!!」

間垣は不知火よろしく横っ飛びにグラブを出すが、届かない。
打球はライト前に転がっていった。

その間に麻原は3塁へ。無死1・3塁と願っても無いチャンスである。
バッターは新沼。

「よし!ここで一打出れば勝てるぞ!!甲子園じゃ...」「監督...」「新沼君、落ち着いていくんじゃ....」「あの監督...」「いつものスイングじゃよ、にいぬ...」「かんと.」「ええい鬱陶しい!!何じゃ反井田?!」
「ここは自分に任せてもらえませんか、監督。自分が切り札だって昨日監督が....」
「ああそうじゃ、キミは切り札じゃ。切り札は使ってしまったら負けなんじゃよ」
「そんなぁぁぁ....監督、自分はこの足じゃもう二度と野球ができないんです、せめて最後に....うっうっ」
「ああもう!!わかったわかった!!鬱陶しいから離れろ!!おい麻原君、代走・反井田じゃ!!」
「は、博士....んな無茶な....」木郷君が割って入った。
「何が無茶なんじゃ、木郷君?」
「だってこれって....麻原に代えて反井田君を代走なんて....F1サーカスにコローニで参戦するようなもんじゃないですか」
「いいんじゃよ木郷君、死体も痙攣することがあるしな。わかったな木郷君」
「すみません、全然分かりません」
「そうだな、反井田だって俺たちのナカマだもんな」
「そうだそうだ、奴だってずっと頑張ってきたし、役に立たなかったけど」「....」
勝男や林田、そして他のメンバーも口々に賛意を示した。

恋女房の制止を聞かず、代走は送られた。
そして、新沼への初球。

どっこおおおおおおおおおおんんんんんんんんっっっ
またしても爆発物に引火したかのような轟音がホームベース上にとどろいた。

さしもの間垣、そして相撲高内野陣も今日初めて食らう衝撃波に打球を見失う。
反井田がリハビリボールのような巨体を揺らしながら、本塁に突入してくる。
「5・4・3....」
しかし、2塁手が力なく落下した打球を発見した!
体勢を入れ替え、すばやくバックホームしてくる。
2・1....ふぁーいあ」
博士が手中のスイッチを押した。

反井田の足元から光の矢が地上に突き立った。
その瞬間、空気を切り裂くかのような金属音と共に、反井田の巨体が一直線に本塁上でブロックするキャッチャーめがけて飛来した。
スパイクピンに内蔵されたバサードラムジェット「香車2号」が作動したのだ。

要塞のような巨躯の捕手・八幡だったが、亜音速のガイエスブルグの直撃を食らってはひとたまりも無い。
バックネットのフェンスを突き破った2人は、放送席のスコアラーをなぎ倒しながらようやく停止した。

「あうと。」

主審が宣告した。どうやらベースを踏んでなかったようだ。
しかしその間に竹内が悠々とホームを踏んだ。....


....「よーし!この1点絶対に守るぞ!!」「おーっ!!」

9回の裏の守備に飛び出していくナインを見ながら、博士がつぶやいた。
「のう木郷君....」
「なんですか?」
「若者が正々堂々と戦う姿は、見ていて気持ちがいいのう」
「・・・・」

彼らは、果たして甲子園に行ったのであろうか?
いや、もうそんなことはどうでも良い.....

.....これ以上の犠牲者が出ては困るのだから.....



「....それにしても暑い夏じゃったのう」
「まったくですね博士。おかげで『腸のお掃除セット』が良く売れましたよ」
「反井田の改造にも成功したしな」
骨肉種で下肢切断以外に存命の道がない....はずだった反井田の足が、実はコンビニ肥満からくる過負荷だったことが判明したのは、決勝の後だった。
『内側からキレイに』なった反井田は、以来葛高のクルーズと呼ばれることになる。
「いずれにせよあの実戦の激闘の中で、ワシの技術の実用性が実証されたと言うわけじゃ。この『うぃうぃるろっきゅー』もそのひとつじゃな(かぽっ)」
博士はフレディが着けていたテンプレートを頬張った。

「は、博士....ばっちい....」
「何を言うか木郷君、こうすればワシだって君ぐらい軽く持ち上げられるぞ....」
ベアハッグの体勢から博士が軽く腰をそらした。
「ちょ、ちょっとはかs...」

「バゴォッ」

天井に穿たれた大穴から、木郷君の首から下がぶら下がっている。

「柴千春かね、木郷君.....」

....博士ショップは、中野ブロードウェイにある。

....その237へ続く(それで試合はどうなった?)