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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その233


・・・・焼け付いたダグアウトの屋根に、大量にハトの糞が降り積もっている。

その前に、円陣を組む葛野高校ナインの姿が有った。
いよいよ始まる夏の甲子園県予選を前に、闘志を高めている....というよりは、なにやらよからぬことをコソコソ謀議しているように見える。

いや、実際によからぬ事を謀議していた。

「・・・・よいか、相手は完全にこっちをナメてかかっておるぞ。初回から集中打で相手を立直れないぐらいに叩きのめしてやるのじゃ。そのためにも飯島君、トップバッターである君の責任は重いぞ」

背番号「77」の博士(56)が円陣の中心で話している。

「・・・・」
相変らず聴いているのかいないのかわからない麻原(17)が半眼のままうなずいた。かけたままのヘッドホンからは交響楽の火暴音が漏れてくる。

「とにかく攻めていくぞ、『攻撃は最大の防御なり』とかの偉大な先輩もおっしゃっておられる。しまっていくぞ!!」「おーっ!」

麻原を残して、ナインがダグアウトに戻った。
プレイボールがかかる。

「クズクズクズクズクズばかりッ!」「ごみクズボロクズカンナクズッ!!」「何をやってもダメ高校〜!!
狭い球場にいつもの罵声と嘲笑が渦巻き始めた。

左バッターボックスに入った麻原は、イチローよろしくバットを正眼に突き出し、右袖をめくった。

一回戦の相手・津久井湖高校の先発投手がニヤニヤしながらモーションに入る。一回戦突破は確実とすでに確信しているようだ。

カウント取りとも様子見とも言えない中途半端な球が外角高目に来た。

いつものごとく、麻原のゆるやかな波打つスイングが球筋をかいくぐるように空を切った....かに見えた。

かっきいいいいいいいいいいんんんんんんんんっっっ

れいんぼぉの軌跡を引きながら、球は一直線に蒼穹の彼方へと消えて行った。
「・・・・」

ツク高ナインが、いやクズ高ナインを除く全ての人々がアゴが外れたように口をポカンと開けたまま沈黙している。

「す、スゲエ....」
主将の上山勝男(17)と林田(17)が共に博士を見た。
「どうじゃなあの豪打。時空の歪むサマがまだ君らにも見えるじゃろう?」
誇らしげに博士が胸を張った。
「ええ、見たっス!!これならどんな敵でもギッチョンギッチョンです!」
「歳はいくつじゃね、林田君....」

「.....しかしいいんですかね....?」
木郷君がダグアウトの陰から半分だけ覗きながら呟いた。

「なにがじゃね、木郷君?」
「だって...ほらその....」
「指向性時空固化切断跳躍装置『裏太助』のことかね?大丈夫ぢゃよ木郷君、ちゃんと光学迷彩は施してあるから」
「いやそういうことじゃなくて.....その....高校球児の精紳てゆうか...」
「ばっかもん!!そんなものは負けてしまえばクソの価値もなくなるのじゃぞ!!なんじゃ最近の高校野球報道は!!負けた連中の感動秘話ばっかり流しおって....挙げ句の果てに勝利校の校歌は無しじゃと?負け犬どもは尻尾をまいて鼻水垂らしながら砂遊びでもしとればよいんじゃっ!!」
「な、何もそこまで言ってませんが.....」
「ならよいではないか。とにかく『特訓無くして勝利無し』じゃよ、わかったか木郷君!」
「すみません、わかりません」

.....だがそんな木郷君の常識的な反応をよそに、初回初球先頭打者本塁打にベンチは沸き返っていた。
「いいぞ、カズ!!」
「麻原に続けよ、きしだ!!」
「おーい、2塁で瞑想するなー!!」
試合はまだ始まったばかりであった。.....

....2時間が経過した。
打者5巡の末に、ようやく1回の表が終った。
スコアボードには手書きの「37」がはまっていた。

全身から正気の抜け落ちたツク校先発が、両脇を控えに抱えられながらマウンドを降りていく。口からエクトプラズムが漏れているのが見えるようだ。

「よし、しまっていこー!」
キャッチャーボックスで勝男が叫んだ。

「あの....博士」
「今度はなんじゃね木郷君、ワシは作戦を練るのに忙しいのじゃ」

(この試合の何処に作戦の入り込む余地が....?)
木郷君は、その真っ当だが不毛な問いをのみこんだ。
「全員の守備力アップ、これは至上命題だったからよしといえばよしなんですが....その....あれはちょっと....」
グラウンドに散ったナインがそれぞれ手にはめているのは、まさに鍋蓋そのものの円盤であった。裏に下駄の鼻緒のようなホルダーがついている。

「何かね、ワシの材質特異性分子間力強化吸着装置『卜伝2号』に文句があるというのかね」
「いやその....ぺったんこボールやってるんじゃないですし....それにルール上..」「光学迷彩つきじゃ」「.....もういいです」

「わかればよいのじゃ、おーい、フレディ!あまり豪速球ばかりじゃバックの練習にならんぞ!!適当に打たせるんじゃ!!」
「・・・・・」
フレディがマウンドでうなずいた。
相変らずの革パンにサスペンダーが似合っている。胸毛が素敵なナイスガイだ。
その左腕から山なりのスローボールが投じられる。

「ナメた真似を!!」
憤怒を込めた一撃が三遊間を真っ二つに.....しなかった。
急激にその軌道を変えたボールは、ほぼ定位置で軽く左手を差し出したズボラ流サードの奥園の卜伝2号に吸い込まれた。
難なく一塁あうと。

「・・・・」
「どうじゃ木郷君、あのモッカのごとき流麗なふぃーるでぃんぐは。これこそ勝利じゃ!じーくはいるじゃ!ワシの技術の....」
「はいはいわかりましたよ、『ワシの技術の前にはボールが止まってみえる』ですね」
「バッカモン!!貴様は言うに事欠いてあの日本プロ野球をツマラなくした最大の犯罪者を礼賛するか!!」
「え....でも博士の背番号は....」
「これは我等が虎の救世主・ホシノ監督のじゃ!!あんな汚らわしい外道と一緒にするでない!!ワシは六甲おろしが35番まであることも、甲子園球場横の雑誌売り場のオバやんに今年3人目のひ孫が生れることも知っておるのじゃぞ!!」
「は、はい....」
博士がトラ吉であることを、木郷君は初めて知った。
「いざ戦わん、いざ、じゃよ島野君、あの聖地奪還を目指すのじゃ!!」
すでにあっちの世界へ行ってしまっているようだ。
いつのまにか博士の恋女房になってしまった木郷君は、黙って戦況をみる事にした。.....
炎熱地獄の中、激闘....というより惨劇は、何時果てるともなく続いていた。・・・・


5・15 神奈川県大会一回戦 津久井湖水上グラウンド 観衆:312人
 
葛野高校 37 11  9x             58 73 0
津久井湖 0 0               0 0 0

葛野高校  :中島−上山
津久井湖高校:高坊1−高坊2

津久井湖高校戦意喪失の為3回表コールド
(以下略)

....その234へ続く(女子部員と放置ぷれいしたい)