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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その216

窓の外に、煤んだ青空が所々に見える。
久しぶりに戻ってきた東京は、相変わらずの街並みだ。

休日なのになんとなく憂鬱な気分なのは、だがその景色のせいだけではない。

向こうでの研究生活の中で、僕はまさに水を得た魚だった。
仕事さえきちんとこなしていれば、残業などする必要は全く無い。祝日がほとんどない代わりに有給休暇はしっかり取れるから、自分の時間はたっぷりある。

青く乾いた空の下で精力的に働いていた僕が、この街に辿り着いたたった数時間で色あせてしまいそうな気がする。
10数時間の長旅が、知らない間に体と心に疲労となって沈殿したのかもしれない。
だけど....

「本当は、そんなことが原因じゃない」
それは、自分でも分かっている。

同期で入社した頃は、いろんなことを相談された。配属のこと、OJT報告書のこと、人間関係のこと.....僕はそれらに明確に答えを出し、彼女もそれに満足して、僕を信頼してくれていた。
だが....いつの頃からか、そんな僕の応対に不満げな顔をするようになった。

”僕は今、的確なアドバイスをしなかったのだろうか....?”
そう考え、より正しい道を示そうと焦った。しかしそれは出口のない迷路のようなものだった。

この街を離れてからは、電話とメールが二人をつなぐ細い道だった。
だけど、電話ではいつも僕が話を早く切り上げようとして喧嘩になってしまい、そして数日のうちどちらからともなくメールで謝るのだ。

そんなギクシャクした気持ちの日々を送っていた僕が、ネットでとあるエッセイを読んだ。
その瞬間に、初めて心から感じた気がした。
彼女が何を欲していたのか、そしてそれが、僕に対してどんな感情が芽生えたために起こっていたのか....

無性に彼女に会いたくなった。
月曜日の仕事をキャンセルして一目散に空港に向かった僕は、だけどそこの電話ボックスでまたしても同じミスを犯してしまう....

....トンネルを抜けてカーブを曲がると、地下のホームに電車が止まった。
「もう会社にいるかな?電話してみるか」

見上げた僕の視線の先に、それはあった。



「....」
僕は苦笑した。
ここで携帯を取り出したら、まるでこの広告を見てかけてるみたいじゃないか...いるのかね、そんなヒトが。

”ぱたん”
と、僕のよこでため息とともに携帯を折りたたむ音がした。
「あ、ホントにいた...」

横を振り向いた僕は....反射的にその白いコートの肩に手をやった。
その細い肩は....何も言わず僕の胸に近づき、顔を埋めた。

「会えると思ってた....」
「私も....覚えてくれてたのね。今日のこと」
「....ゴメン。なんだっけ?」
「ううん、いいの....」

2人の降りる駅まであと3分、

”その時が永遠であればいいのに....”
水谷雅彦(31)と美紀は思った。・・・・

....その217へ続く(脳梁線維束径の差異だそうで)