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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その215

いつものごとく、月曜日の車内はどことなく沈んだ雰囲気だ。
信濃町で、そこだけ異様に熱気を孕んだ多量のオバヤン軍団を吐き出した総武線各駅停車は、ほっと一息入れるかのようなブレーキの抜ける音と共にホームを滑り出し、四谷トンネルへと加速していった。

三峰美紀(32)は買ったばかりの白のショートコートにオバヤンとともに押し付けられた、香りを超越した臭いにすっかり滅入っていた。
だが、彼女を憂鬱にしているのは『大抜擢夢想熟女』たちの残り香だけではない。

シャワーを浴びて、ベッドで髪を乾かしていた美紀の枕元で携帯が鳴ったのは、昨晩の10時ごろだった。
”....もしもし”
”もしもし、俺だけど。元気?”
エヂンバラにいる雅彦だった。
”あ、うん....そっちは?”
”こっちも大丈夫。じゃあね”
”あ、ちょっと....何それ?もう終わり?”
”え....何が?”
”何よ、そっちは明日が日曜日なんでしょ?そんなアッサリ切らないでよ...”
”だって、この電話だってタダじゃないんだぜ....一言でも美紀の声を聞こうと思って...”
”だったらもっと聞いてよ。ねえ、今日アタシね、乃木坂に行ってきたの。でね、今年の桂由美のプレタ見てきたの。とても素敵だったよ”
”あ、そう。よかったね”
”んもう....真面目に聞いてるの?明日は特別な日なのに...”
”はいはい、わかってますよ”
”....わかった。もういい”

...放り投げた携帯のバックライトが消えるのを、ぼんやりと眺めていた。
本当は、あんなこと言うつもりじゃなかったのに....

昨日のことを思い出しながら、何気に美紀は網棚の上に視線を向けた。


....”きっとオヤジ共が顔つき合わせて考えたんだわ、あのキャッチ”

美紀の頭の中に、最近気になっている伊保子さんの本の一節が浮かんだ。
話すことが大事....そう思うはオトコもオンナも同じこと。だけどその意味合いは全く違う。
オトコは結果を求めたがるのだ。カノジョの気持ちを理解してあげた。悩みの原因に答えを出してあげた。言葉をかけたことで愛の確認をした。それで満足なのだ。

だが、オンナは違う。そんなことをオトコになんか期待していない。

”あのヒトの声をずっと聞いていたい”
”ワタシのことをずって見ててほしい”
....ただそれだけなのだ。それなのに.....

雅彦なりに気遣ってくれていることは、美紀にも理解できる。
照れ屋のカレには、あれが精一杯の愛情表現なのだ。多分....

”本当は、あんなこと言うつもりじゃなかったのに....”

昨夜と同じ言葉を心でつぶやきながら、美紀はまたため息をついた。
が....
”ダメダメ、あたしから謝ってなんかやるもんか。こっちが甘い顔見せたらすぐ、したり顔で優しいフリするんだから”
”あーあ、どこかにワタシのこともっとちゃんと受け止めてくれる彼氏っていないかしら....”

右に滑った美紀の視線の先に、それはあった。


「....」
オヤジとオバヤンの爽やかな笑顔をしばらく凝視していた美紀は、慌ててポーチから携帯を取り出し、ダイヤルした。
現地時間は真夜中だけど、雅彦なら許してくれるだろう。BT独特のコールを聞きながら、美紀は祈った。・・・・

....その216へ続く(人生ゴム紐論)