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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その204


・・・・やがて2人にとって高校最後の冬が訪れ、そして去ろうとしている。
あの日来た「美濠の舎」の窓際の席で、二人は雪に白く彩られた庭園を眺めていた。
「映画、つまんなかったね....」
「ほんと、招待券でよかったよ....あれでホントに『全米No.1ヒット!』か?」
「『自称』でしょ?」
「あははは、違いない」
少しだけ残ったデミタスをすすりながら、謙二がたずねた。
「美紗の仕事って、いつからなの?」
「うーん....まだ決まってないんだ。謙二はいつ発つの?」
「....再来週かな。でその....」「...ねぇ、もう少し外を歩いてみない?雪も小止みになったみたいだし」「あ、ああ....」
....謙二は都内の大学に合格し、美紗は今のアルバイト先に就職が決まっている。
だが....いつも謙二がその就職先のことを尋ねようとすると、美紗にはぐらかされる。

"....まあいいか。別に怪しげな所に勤めているのではなさそうだし、帰省すれば会えるのだし...."

....二人は黙ったまま、お堀端の通りを肩を寄せながら歩いた。
白く染まった街は、いつもより静まり返っている。早仕舞いの店が多く、いつの間にか2人は護国神社の前を抜けて駅前通りに出ていた。また鉛色の夕暮れ空から、白い雪が落ちてきた。
「....帰ろうか」謙二は気持ちと裏腹な言葉を美紗に投げた。

"お客様にご案内申し上げます。xx線上り方面、ただいま積雪による信号機故障のため運転を見合わせております。なお運転再開の見通しは立っておりません。お急ぎのところご迷惑をおかけいたします。繰り返しご案内...."

駅にたどり着いた2人を、事務的な構内放送の声が迎えた。
「....どうする?」
「ん....とりあえず待ってみる?」謙二が言った。「うん...」
2人は並んで改札前のベンチに腰掛けた.....どうやらまだチャンスは去っていなかったらしい。

....それから2時間が経ち、駅はすっかり深夜の佇まいになった。
相変わらずお題目のように構内放送は同じことを繰り返している。

いっとき乗客でざわめいた駅も、諦めて一人去り二人去り、そして謙二と美紗と、北口から南口へ抜けていく冷たい雪風だけが残った。

「俺、うちに電話してくるよ....」
立ち上がる謙二。うつむいたまま美紗がうなずいた。....

....明り取りの小さな窓から、薄く雪の色が忍び込んでくる。
夜半に少し弱めたエアコンが低く唸りをあげるまだ少し暗い部屋の中で謙二は目覚めた。

雪が止んだせいか、冷え込んできたようだ。
謙二はシーツの中の、柔らかく暖かいモノに手を伸ばした。
素肌の美紗が、そこに眠っている。

用意した「用具」の装着、美紗をリラックスさせるための方法、事の後のシャワー....美紗は最初、少しだけ痛がったが、やがて謙二の動きにシンクロして、二人はひとつになった。
そう、全てはいつか親に隠れて見たマニュアル通りにいった。

だが、それだけではない。かけがえのない大切なものを手に入れたのだ。
それは今、自分の腕の中に眠っている....謙二はそう思った。

「....」
その温かな腕に抱きすくめられながら....美紗は目をつむったまま黙って眠ったふりをしていた。....

....この冬最後の雪が解け、暖かな日差しがこの街に戻ってきた。
「なんだよ、見送りなんていいって言ったのに」
「いいのいいの、どうせ仕事は月が明けてからだから、まだ春休みみたいなもんよ」「ちぇっ、なんだか気楽でいいなぁ....俺なんて一人暮らし初めてだからなんだか不安でさぁ」
「やってみると楽しいもんよ。時間は自由に使い放題だし、親の目を気にすることもないし」
「そっか....まあ美紗がそういうんだからそんなもんなんだろうな。アパート教えたよね?そのうち遊びに来なよ」
「うん...そうね」
「とはいっても、どうせ連休には帰ってくるからな....こっちで会うほうが先か」
「....」

美紗が黙った。
それは....謙二が今まで見たことのない、大人びた表情だった。
上り新幹線がホームに滑り込む。
「電車...来たみたいね」
「うん....じゃあ、また。電話するよ」
「気をつけてね」
発車のベルがホームに鳴り響く。.....「謙二!」
「....うん?」
「今日まで....ありがとう」
「え?」
「元気でね....」二人の間をドアが閉ざした。

"さようなら"

....窓の向こうで、美紗の唇がそう動いたように見えた。

美紗が6年間住み慣れたその街を離れたのは、翌日のことだった。....



”「....特殊再生産率が現状では約1.3、これを達成可能な上限として1.6〜1.9に持っていくことで今後20年の生産人口対老齢人口比を3.0〜3.5に維持する。これが時限立法の目的です」

「これもまたずいぶんと厳しい数字だな。再生産可能人口の約15%が『それ』を希望していない現状では....」
「そこで我々のシステムが注目されるわけです」
・・・・

....その205へ続く(恋をなくした日に)