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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その203


・・・・窓の外を、白い景色が流れていく。
プラットフォームでちらつきはじめていた雪は、今空と街を埋め尽くすように降り続いていた。
2人を乗せた電車は、音もなく雪の街並みの中を滑っていく。

「うわぁ、ホントに降ってきたね....」
諸岡謙二(17)の前の席に座った井上美紗(18)は、少し曇った窓を手で拭きながら、暖房で少し上気した白い頬をひんやりとしたガラスに近づけた。
「....」
謙二は向かいの席の美紗の表情に見入っていた。
いつも見慣れた彼女の左斜め45度の顔。だが今日はなにかが違う。

「....ん?何?」
謙二の視線に気づいて美紗がまっすぐにこちらを見た。
「い、いや別に...」
慌てて謙二は視線をそらす。
「んー怪しいなぁ....なんか変なこと考えてたでしょ?」
「....ちがうよ」
「あーそうなんだーなに焦ってんのぉっ?」
.....考えていた謙二だった。
「う、うっせえなぁ....お前こそなんだよ、珍しくリップなんかつけて」
「あ、わかった?うれしいなぁ気づいてくれて」
「まあ『馬子にも衣装』と申しますか」
「何を、このうっ」

....謙二が美紗に会ったのは中学一年生の時だった。詳しい事情は謙二も良く知らないが、美紗は親元を離れ、謙二の住む近所で一人アパート暮らしを始めたのだ。

それから6年間、2人は毎日同じ隣町の中学、高校へ通った。
最初はあいさつする程度の仲だったが、ほどなく打ち解けて一緒に登下校するのが日課になった。
謙二にとってはおだやかで飾らない性格の美紗が、背伸びして大人ぶり、気ばかり強い同世代の女の子の中でとても新鮮に映った。美紗の方も、謙二のことを「大事な友達」と思ってくれている....らしかった。

美紗はちょくちょく謙二の家に遊びに来た。礼儀正しい美紗に、謙二の両親も彼女を好ましく思っているようだった。
「ほんと、美紗ちゃんみたいなしっかりしたお嬢さんがいてくれるから、謙二もなんとか落第せずにぶら下がっていられるんだわ。いっそのことウチに来なさいよ。なんなら謙二を貰ってくれてもいいのよ」
「な、何言ってんだよかあさん....」
「そうですよお母さん。私たちそんなつもり全っ然ないですから....ね、謙二クン」
「あ、あははは...」
複雑な笑いを浮かべるしかない謙二だった。

兄妹....あるいは姉弟のような2人の間柄に少しく変化が生じたのは、去年の秋だった。
....最後の学園祭で、諸岡謙二(17)と井上美紗(18)の所属する放送部は「Fox Hunting」を出展した。従来FM発信源を装備した逃走者を受信機を頼りに追跡するこのゲームを、messengerを装備したモバイルPCと、校内に設置したLive cameraを使って、逃亡者の状況を無線LAN経由で受信しながら追跡するという校内全域を使ったゲームに発展させたのだ。

参加希望チームごとに逃亡者を1人出し、それを各チームの追跡者が司令部と実働部隊を分け、バトルロイヤル形式で発見するという方式は校内にライブ中継され、大いに盛り上がりをみせた。....

....最終日も終わり、ほとんどの生徒が去ってもうすっかり薄暗くなった校内には、祭りの後の寂しさが漂っていた。
明日の日曜日に撤収が予定されているブースの合間を、PC片手に走り回る謙二の姿があった。出展が大掛かりなだけに居残って早めの撤収をしている....わけではない。....

....「あ、おつかれさん」
「おつかれ〜。めちゃめちゃ盛り上がったねぇ」
「んだね。もっとタクっぽい連中ばかし集まるかと思ったけどね。まさか和江たちの体育会系女子チームが優勝しちゃうとは」
「やっぱ最後は体力勝負よ。システムの関係で超短期決戦になったしね....中島クンたち完全に息あがってたじゃない」
「あんなのは問題外だよ。だいぶ前に秋葉に行ったとき、ジャンク屋の急階段10段ほど登っただけで白目剥いてたし」
「きゃははは、何それ?」

....サーバを設置してある校内放送室で、謙二と美紗は笑いあった。
いつも一緒にいるのに、なぜかここでずっと話していたい気分になる...

「....ねぇ、今日撤収しちゃうの?」
「あ、ん....どうしようかな。結構ケーブル取り回してるし、アクセスポイントも沢山あるからこれからやるとなると夜中までかかっちゃいそうだし....」
「だったら....撤収は明日にして、最後に2人で勝負しない?」
「え?」
「でさでさ、先に見つけたほうが相手に好きなものおごってもらうの」
「なんだよそれ....でもまあいいか」
「よし、きまりいっ」....

....喫茶店跡になっている2年8組の教室で、謙二はノートを開いた。802.11bという帯域とサーバへの負荷を考慮して、同時に複数の映像を閲覧できないようになっている。web上に展開される校舎の見取り図をクリックした。....D2....いない。E4....ここでもない。ならばA3....「お、いたいた....」
スクリーンに理科準備室のの中へと移動する美紗の姿が映った。謙二の直下だ。

すばやく階下に移動した謙二は、そっと入り口のドアを開け中に入った。あまり広くない室内にはカエルの標本や有象無象の実験道具が所狭しと置かれている。薄暗くなってあまり視界が利かないが、この中に美紗がいるはずである。急に謙二は胸の高鳴りを覚えた。その瞬間。

”カッ”

メカニカルな電子シャッター音と共に、背後でストロボが閃いた。
「やりぃっ」
カメラ片手に美紗が親指を突き立てて見せた。
「し、しまった....」
謙二は天を仰いだ。それにしても....
「なんで?どこに隠れてたの?」
「鈍いなぁ....システム管理者のくせに。ほら、その区画のショートカットを見てごらんなさいよ」
「な、なに...あ」
謙二がポインタを合わせた先には、いつの間にかストリーミングビデオが関連付けられていた。クリックすると....また美紗が準備室へ駆け込む映像が流れた。
「ず、ずるいぞ....いつの間に....」
「ああはいはい、負けは負け。文句を言わずに勝者の言うことを聞きなさい。『美濠の舎』 でケーキセット、おかわり自由でね」
「う、キツイなぁ.....」
目的を達せられなかった敗北感と、高校生にはちと高めの店を指定されたショックで、謙二はその場に座り込んだ。
「何よ、約束は約束よ」
「わ、わかったよ」
「で、ちなみに謙二が勝ったら何がよかったの?」
美紗が謙二の横に腰を下ろした。
「....」
ふいに黙り込んだ謙二の顔を、美紗が覗き込む。入り口から差し込む夕日の残照が、彼女の横顔をぼんやりと浮かび上がらせた。
「?」
美紗が無言で問いかける。謙二は決心した。

「.....美紗の唇」
「....」

今度は美紗が黙り込んだ。少しうつむいた彼女を見て、謙二は慌てた。「....な、なんてね。一度言ってみたかっただけ。あ、あはは、はは...」「...いいよ」「...え?」
謙二の目前で、美紗が目をつむった。
動揺する心と裏腹に、美紗の顔が近づいてくる。そして....柔らかなモノが謙二の唇に触れた。
「....」

"歯をぶつけないように、歯をぶつけないように...."
謙二の心の中には、最初そればかりが渦巻いていた。それが美紗から伝わってくる微かな波動に溶けて消え、後には静かな甘い感触だけが残った。

謙二はいつしか美紗の背中に回した腕に力をこめた。
すでに闇がほとんど支配する室内で、二つの影が抱き合ったまま動かない。

どれくらいの時間が経っただろう。
謙二の右手が美紗の背中を静かに離れた。それが謙二と美紗の間に割って入り、まだ成長途中の美紗の左の丘におずおずと触れる。
「ん....」
暗闇の中で切なげな声をあげた美紗は、一体どんな表情をしているのだろう....唇を合わせたまま謙二は思った。
力の抜けた美紗の上体が床に倒れ、それを離すまいと謙二も体を横たえる。

自由になった左手が、謙二も驚くほどの滑らかさで美紗のスカートの裾をたくし上げ、薄手の下着を潜り抜けて彼女の恥丘をなぞっていく。そして....「あ」

そこには、柔らかな叢に隠れた泉があった。
彼女も自分と同じ昂まりを感じているに違いない。

"....すべてあのとおりだ...."
そう、すべては思い通りに進んでいる。あとは....

.....「....ちょっと待った」
突然、美紗が謙二の胸を押し離した。
「....できたらどうするの....」
うつむいたままの美紗の言葉が、謙二の不意をついた。
「....」
黙ったままの謙二に、美紗が軽くキスをして言った。
「だから今日はここまで。またいつかね」・・・・



「おっしゃるとおりです。政府としてもようやくハード面のみの整備でなくソフト、それもメンタルな部分のケアが必須であるという現状に気づいてくれたということで、そこにこの分野のパイオニアである我が社のノウハウが活かされるチャンスがあるわけです。で、その時限立法に関する件ですが、政府の意向としては2050年にピークを迎えるといわれている高齢化の推移をより早期にかつ低いレベルで折り返したいということです。具体的には2050年に老齢人口率35%試算のところを、2030年を目処に30%以下ピークを目指し、2060年以降24%前後で安定させたいと」

「かなり厳しい数字だな」
「しかしこの程度に抑えないと、現況でも破綻寸前の公的社会保障制度は、ピークを迎える前に完全に制度崩壊を起こすことになります」
「確かにそうだ。で、具体的にどの程度のボトムアップを政府は見込んでいるのか?」"
・・・・

....その204へ続く(星が生まれる丘)