変な話Indexへ戻る

短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その199

七夕というのに、例によって今日は雨降りだ。

都心に向かう上り線で、今井英俊(28)の乗った軽自動車はヨタヨタと左端の最遅レーンを走っていた。

ワイパーが動くたびにウィンドウが軋みをあげる。とにかくどこもかしこもチャチな作りのこの車は、先日ちょこっと擦っただけで前のバンパーが取れかかっている。今井のカミさんが駐車場の壁にソフトランディングしただけで、レンズ自体は無事なのにライトが根元から折れ、新車価格の11%にも相当する6万円をかけて修理したのはついこの間のことである。

今時珍しいオーバードライブのない3速ATのおかげで、100km/hに届かない速度だというのに3気筒「名ばかり」DOHCエンジンは6000回転以上回っているような悲鳴を上げている。もっともタコメータもない粗末な営業車グレードのインパネでは知る由もないのだが。

さっきから何度オーバーレブしそうになっただろう。律儀なE-ATは80%のアクセルオンで問答無用に2速にシフトダウンしようとする。細かな意味なしアクセルコントロールを強いられながら、今井は時計を気にしていた。
今日は都内の卸に仕入れに行くのだが、2時までには町田に戻らなければならない。今更ながらにターボエンジンの自家用軽にすればよかったと後悔した。

右の二車線を走る車は、水煙を上げながら次々と今井をオーバーテイクしていく。中央レーンを無謀とも思える超高速走行でソアラが通り抜けたあと、今度は見上げるような大型車が接近するのがミラーに映った。

「結構圧迫感あるよなぁ....」
今時珍しい70のタイヤを履いた営業車は、ちょっとした横風でもラインがぶれる。当然大型車が横を通過すると、かなりの影響がある。今井はハンドルを握る手に汗を感じた。

大型車は観光バスのコンボイだった。どうやらこの時期多い修学旅行のようだ。高校生とおぼしき子供達を満載した3台編隊の1台目が、ゆっくりと追いついてきた....「おっ?!」

ふとサイドウィンドウの方を向いた今井の目に、前面ガラス張りのドアが映った。3段の昇降ステップ、そしてその2段目と最上段に乗っているのは.....
「ををう....」
....見たところ高さ10cmほどはあろうと思われる白のハイヒール、淡いベージュのストッキング、そしてバスガイドさん定番のピンク、それも膝上20cmほどでマイクロといってよいミニと、3拍子揃った形よい脚が飾られていた。バスガイド用の補助椅子に座っているらしく、すらりと伸びた左足と、上のステップにかけた少し曲げた右足のバランスが絶妙である。少し持ち上がったスカートの裾が、辛うじてその内側を隠している。今井の視線は右舷3時方向に釘付けになった。

だが、至福の時間は長くは続かなかった。
V10気筒直噴ディーゼルの咆哮を上げながら、バスはあっという間に今井の車を置き去りにした。今井の視界には、流れる中央分離帯だけが残った。
「ち....」

悪態をついた今井は、だがあることに気づいてニンマリとした。
バスはあと2台後ろにいる。

2号車が速度を上げ、今井の車を抜きにかかる。
それに合わせて、今井もアクセルを踏み込んだ。
2台の速度差が縮まり、後方からゆっくりとガラスのドアが近づいてくる。
「5・4・3・2・1....じゃぺぁ〜ん〜っ!!」
今井の瞳孔から発射された視線のれーざーびーむが、2号車のステップに突き刺さった。.....

「.....」
しばらく記憶の途切れた今井に意識が戻ったのは、前方を走るトラックが前方一杯にお尻を広げた瞬間であった。「どあああっ!」

フルロック並みのハードブレーキングをかます今井の横を、便所サンダル、毛つき生、自己ぼでこんの2両連結大根、というより壷を乗せた2号車が前方へ飛び去っていった。

「し、死ぬかと思った.....」
そうつぶやいた今井が、死因をどちらに特定しようとしたかは不明である。
しかし....

「まだだ、まだ勝負はついてない」
そう、そうだ。もう一台残っている....

....しかしバス編隊は、萎んだ気力を自ら奮い立たそうとする今井をあざ笑うかのごとき行動をとった。
中央レーンを放棄し、3台とも今井の走る左端レーンに入ってきたのだ。
「お、おのれ小賢しい....」

トラックが青葉ICを出て、左端走行レーンには1号車→2号車→今井車→3号車の列ができた。各バスは1号車に合わせているらしく走行レーンに居座ったままである。今井の右側を走ってくれないことには、『鑑賞』のしようがない....
「しかたない、アレ、やってみるか....」

咄嗟に思いついた作戦を今井は実行することにした。
アクセルを緩める。苦しそうだった今井車のエンジンはいつもの機嫌の良い音に戻った。
その代わり、速度は60km/hを割り込んでしまった。みるみる前方の2号車のテールが遠ざかっていく.....

ついに痺れを切らした3号車が、中央レーンに出た。「今だ!」
キックダウンをものともせず、今井はアクセルを踏み込んだ。追い越しをかけようとするバスに、今井の営業車は猛然と並走する形になった。なんだか物凄くロコツな気がするがこの際そんなことは言っていられない....

「びんごっ!」

今井の視線に飛び込んできたのは、正真正銘の美脚....それも黒のヒール、白のデザインモノのストッキング、1号車嬢に勝るとも劣らないミニ....嗚呼それに....脚を組んで少し開いたスリットからガーターベルトが見え隠れしている....

....だが、今井の危惧どおり、この追跡劇は余りに露骨過ぎた。
運転手と3号車嬢の間で何かやり取りする気配がしたかと思うと、3号車は轟音を上げて猛然と加速し、一気に今井の直前に割り込もうと試みた。

だが、狙った獲物を逃がすような今井ではない。
「ふっ、甘いな....高速道路では時にインベタのさらに内側にラインが現れる....必殺、『ミゾ走りパート2』!!」

走行車線に割り込む3号車、それを加速しながら並走し、さらに内側....路側帯を突っ走る今井....3号車嬢の美脚が再び今井の眼前に現れた。
「勝負あったな....」
今井の顔に、会心のしけべ微笑が浮かんだ....

「じゃ、こちらに判子をお願いします」
「はい....」
「ご存知とは思いますが、路側帯は緊急車両ならびに故障車両のためのスペースですが」
「はい....」
「それにしても今日は空いているのに、何でまたわざわざ路側帯を?」
「はい....あ、い、いやそのちょっとうっかり...」

今井は、高速機動隊車両『三菱GTO』の助手席で切符に指判を押した。
払い込み用紙を受け取る今井の視線の先に、紺のミニスカートの裾から伸びる、黒ストッキングのスラリとした脚が映っている。彼が捕捉されたのは、まだ数少ない婦警の高速機動隊員だった。

「そうですか....いずれにしても安全運転でお願いしますね」
「はい....」

”しゃぁああっ!!”
生返事を返しながら、今井は心の中でガッツポーズを繰り返していた。

....その200へ続く(足のいいヤツ)