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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その193

車は久保山から藤棚商店街を抜けて国道1号線の浜松町交差点へとさしかかっていた。

猪田宇一郎(28)はフロントウィンドウの向こうに見えるノロノロ運転の車の群れに辟易しながらも、
「これなら外町の交差点よりまだマシだ」
と思うことにした。八日市や多賀町から彦根市に向かう一本道の国道306号線が中仙道とぶつかるこの交差点は、朝のラッシュ時にはにっちもさっちもいかなくなる。それに比べれば都会の渋滞は動いているだけまだ救いがある。

猪田はまだ滋賀県に多く残る中小の医薬品メーカーのひとつに勤務する営業マンである。
いつもは担当エリアの彦根・長浜ほかの湖北2市4郡をまわっているのだが、年に1回は神奈川地区のお得意先に伺う役が回ってくる。

同じ課の先輩たち、というかオッサン達はこの出張をとても楽しみにしているようだ。
横浜・黄金町のお宿街、町田駅西の飾り窓、川崎のお風呂と、規模は小さいがディープな風俗がこの地域には存在するからだ。

猪田は....興味がない....といえば嘘になる。
だがどちらかというと、彼の嗜好はもう少し東にある。山手線で東京から2駅ほど北にいった辺りだ。
ネットが発達した今日では、猪田の欲する情報を手に入れることは容易いことだが、その「街の空気」を吸い、満喫することは、彼の住む田舎では到底不可能なことだった。

行きは販促物を満載して東上し、帰りは萌えを詰め込んで西へと下る。それが猪田のいつもの行動パターンだった。

和田町にある乱売店のオヤジと掛け合い漫才のような商談を済ませ、猪田が店を出たのはもうお昼近くだった。そろそろどこかでメシを喰わなければ....

せっかく普段は来ない場所に来たのだから、その土地の名物でも....と思うのが普通であろう。
だが卒業してからずっと得意先周りを続けるうちに、いつのまにかコンビニ買い食いしかできない身体になってしまった猪田だった。たまに気心の知れた上司と同行してレストランなぞへ入っても全く落ち着けない。

その日も馴染みの「K」で弁当を仕入れた猪田。
「さて、と....どこで食うかな?」

猪田はナビ代わりのPCにカードをセットし、とあるサイトを覗いた。
「えーと....よ・こ・は・ま....」
検索をかけるとスポットが表示される。
猪田は近そうな1箇所を選んだ。

”住所 :西区戸部町4−X−XX 青少年センター裏
     35°26'56.6"N 139°37'43.0"E
 場所 :路上
 店  :なし
 トイレ:青少年センター内
 日照 :50%
 台数 :10台

指定された緯度経度をナビにセットすると、猪田はそのスポットへと車を向けた。

それは、猪田が会社で(ふ)中に発見した『昼寝サイト』だった。
各地から寄せられた「車を止めてサボれる場所」が、その評価と共に紹介されている。何度か猪田も使ってみたが、妙にツボを抑えた場所が多く、以来地元でも便利に活用している。

指定のセンター裏に辿り着く。「あ....」
まだ12時までには少しあるというのに、すでに路駐の車で満杯だ。
日照のインデックスどおり、桜の並木が枝を張って適度の木漏れ日が室内を程よい温度に保ってくれそうな場所だ。だが止められないのではしょうがない。

「もう少し海の方に行ってみるか....」

みなとみらい地区。日差しを遮るものがないし、それ以前にタダで止められる所がない。
山下公園。問題なく路駐は満杯。しかもパーキングメーターときた。
コンテナ街道。トレーラーがひっきりなしに通過し、窓を開けていられない。....

根岸産業道路から磯子産業道路へと走り、結局猪田が辿り着いたのは、磯子駅南東側の日清製粉カントリーエレベーター脇の河口岸だった。

ここはゴミが散乱し、不法投棄された「草むらのヒーロー」が何台かあってあまり雰囲気が良くないが、それを補う爽やかな海風と並木の木陰が気持ちのいい場所である。
あまり知られてないせいか、止まっている車もそんなに多くない。

買ってきた弁当でお昼を済ませ、窓を開けて倒したシートの上に転がった。
隣のエレベータから粉っぽい香りが流れてくる。

「そういえば....」猪田はサイトを覗いた....ここは....載ってない。
「どうせなら投稿しておくか...」
携帯を持って外に出た猪田は、自分の車を背景に一枚撮った。....

.....「おはようございます」
「おお、猪田か。おまえ仕事してきたんか?」
「なに言わはるんですかぁ....ちゃんとやってきましたて」
「嘘こけ、昼寝ばっかしとったんとちゃうか」
「(う"....)そ、そんな....」
「ほな、これは何や?」

上司が笑いながら指差した先に、PC画面のなかに写る猪田の車があった。

....その194へ続く(筆者は上司と同じ場所で寝ていたらしい)