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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その185

・・・・いつもの朝の雑踏が流れ行く。

総武線を降りた木郷君(27)は北口を出てその流れに乗った。だが彼の足はブロードウェイ直前で左に急旋回し、表通りの牛丼屋へと向かった。

店内は外回り前の営業マンや徹夜帰りの学生が不機嫌そうな顔をして、無言で汁と飯を腹に流し込んでいる。店のCIカラー・オレンジとは対照的な煤んだ雰囲気だ。
「すみませーん、牛丼並、ネギだくで」
「....ごるごのつもりかね、木郷君」「わっ!博士?!なんでここに....?」
驚いた木郷君の背後の席で、博士(56)が納豆を朝定のシャケにかけていた。

「なんでって、みりゃわかるだろう。朝飯じゃよアサメシ」
「朝飯って....博士は....」
・・・・そういえば、博士の私生活のことをまだよく知らない木郷君だった。

だが、木郷君が博士に尋ねたのは別のことだった。
「....にしてもまずいんじゃないですか?もう開店の時間ですよ。またこんなところで油を売ってて遅れたら薄井さんが血管ブチ切れで火炎放射しますよ」
「こんなところで油を売ってるのは君も同じじゃないかね....いいんじゃよ。店の準備なんかやりたいモンにやらせとけば。鎮火した頃に探りを入れに行くのが火事場泥棒の定石というものじゃ」
(なんかちがうぞ....)だが木郷君は言った。「それもそうですね。じゃ、いっただっきま〜す」....

....2人が店を後にしたのは、開店時刻を既に一時間も過ぎた頃だった。
「大丈夫ですかねぇ、博士...」
「君はそんなに民子さんが怖いのかね....?そんなことでは結婚してもカミサンに一生頭が上がらんぞ」
「わ、私は別に薄井さんとは....」
「一般論をいっただけじゃぞ、木郷君」
「・・・・」
なぜか赤面する初心な木郷君であった。
「....さてと、私は管理事務所にこの書類を提出する用事があるから木郷君、先に行ってくれたまえ」
「博士、それなら私が...」
「い、いや木郷君、これは店舗責任者の私でないと....」
「ず、ずるいですよ博士....なんだかんだいって薄井さんが怖いんじゃないですか....」
「わ、ワシは別に民子さんのことなど....」「....私がどうかしましたか」「わっ!!たたたたみこさ...いや薄井さ...あれっ?」

声をかけられて慌てて木郷君の背後に隠れた博士だったが、異常に気がついたのは一瞬だった。
いや、異常というべきなのだろうか...?
「....(幸子ですけど....)おふたりともどうされたんですか?今日は実験があるとは聞いてなかったもんですから...私心配で....」

「博士....」
「う〜む...元に戻っておるようじゃな...民子さん、眼鏡は...あれ?」
「え?この...眼鏡...ですか?」
白のブラウスにストライプのタイとベスト、そして黒のローブでいつもの「薄幸のハーマイオニー」姿の薄井の顔には、昨日までと同じ「ぐるぐる眼鏡」がかけられていた。
「お、おかしいなぁ....故障したのかな?」
「ワシの製品にケチをつける気かね。いままでリコールの対象になったことのないこのワシの製品に...?」
(てゆうか、リコール対象外なんじゃ...)
「電源が切れてるんじゃないですか?元々こんな小型化するのが無理なメカでしたし....」

「その点は心配ないはずじゃぞ。ちょっと失礼民子さん....ほれここに....体液を溶媒として発電する液体型電池『日本住血吸虫Ver.2』が載っているではないか」
「....行き着くとこまできましたね、博士のネーミングセンスは....」
「やかましい、とにかくじゃ、このバッテリーは装着する人体が生きておる限り給電し続けるという、医療現場にはエポックメイキングなデバイスなのじゃ。だから電池切れということはありえん....ほれ、GABA親和性賦活フィールドが発生しておるじゃろうが」
「あ、ほんとだ....」謎のセンサーを接続したポリグラフをのぞきこみながら木郷君がうなずいた。
「ところがじゃ、ちょっとおかしなことがあってのう....試しにこっちの電源入ってない『ぐるぐる眼鏡』を近づけてみても....なにか別の力場が発生しておるんじゃ。『ぐるぐる眼鏡』の発生するフィールドは、ほぼそのフレームを一部とする円周内じゃから、民子さんのつけとるやつから漏れてるとも思えんし....」
「ほほぉ....『ぐるぐる眼鏡』とこの力場が干渉しているようですね。何でしょうね、これ?」

「これは....調べてみる必要があるようじゃな。木郷君はちょっとここで待っていてくれ給え」
博士の眼鏡の奥が、キラリと光った。

(あ、楽しんでる....)
木郷君はちょっと不安になった。・・・・

....その186へ続く(アサリの砂抜き)