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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その182

・・・・名古屋で新幹線を降り、近鉄特急に乗り換える頃には、空はすっかりと晴れ上がっていた。
重信道隆(38)は「彼女」からのメールを受け取った翌日に東京を出発した。....

....「.....マジかよ....」
重信は驚嘆、いや戦慄した。
画像の中の「彼女」は、彼の記憶の中の姿そのままなのである。

タイトルも文章も無し、おまけに送信元のフリーメールのアドレスは直後に削除したらしく返信が宛先不明で返ってきた。
「彼女」が、何の意図でこのメールを送ってきたのか確かめようが無い。

しかしそれでも、理由も無しにメールを送ってくるとは思えない。
何か手がかりはあるはずだ。タイムスタンプは....1週間前。画像のヘッダ....どうやらデジカメで取った素のままの画像を送ってきたらしい。ということは彼女の一週間前の近影ということになる....

「しかしこの背景....どこかで見たような....」
重信は遠い記憶を辿った。微笑む「彼女」の脇には小さな祠、そしてその横手で密やかに咲く鮮やかな赤紫の花....

「.....津か?」
....あれは確か、大学一年生の時。
消え行く列車を追って撮影のために全国を放浪していたあの頃に撮った写真。
重信はアルバムを探った。写真と撮影ポイントが記録されている。
「....これだ....」
濃尾平野南西部、三重県の県庁所在地・津市。
紀勢本線、近鉄名古屋線、そして伊勢鉄道(当時伊勢線)が合するこの線区に、重信は夜行普通列車「はやたま」を撮影に来ていたのだ。

西に広がる高台。地名は....安濃町草生地区。
とりあえず、その場所に行ってみれば何か手がかりが見つかるかもしれない。....

....特急「南紀」を津で下り、タクシーで西へ向かう。
当時とは見違えるほどの住宅街が広がる市街地を抜け、伊勢自動車道を越えるとのどかな田園風景が広がった。

重信を乗せたタクシーは、さらに町中を抜けて、西側の高台に立つ小さな祠へと続く山門の近くで停まった。
すでに訪れる人が絶えて久しいと思われるその祠の立つ草生す地からは、さきほど重信が走ってきた安濃町が一望に見渡せ、その彼方には紀勢本線がかすかに見える。

天気が良いとはいえ、山肌を吹き抜ける春先の風はまだ冷たく乾いていた。

重信はプリントアウトした「彼女」の写真を取り出した。
背景は確かにここだ。鬱蒼とした杉林の切れ間から、同じ風景がそこにある。
そして....山道を少し登った所に見える寂しげな祠の横には、それを慰めるかのように大輪の椿が赤紫色の花弁を精いっぱいに広げていた。

「しかし、彼女はどうしてここへ....?」

ふと、一塵の風が重信の手許を吹きぬけ、写真をさらっていった。
写真が舞い上がり、そして地に落ちた。それを拾う白く細い指。

「.....!」

......あの日のままの「彼女」がそこにいた。

「や、やぁ....」
「よくわかったわね、ここが....」
重信は、初めて「彼女」の声を聞いた。・・・・

....その183へ続く(生家の山向こう)