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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その181

・・・・自分の言いなりになる女には、どこまでも大胆かつ横柄になれる。
それがどうやら中年男の業というものらしい....

重信道隆(23)は目前で行われている痴態を黙って眺めていた。
接待相手のクライアントはDVを片手に、「彼女」に色々なポーズを要求していた。

「彼女」は時々恥じらいの表情を見せながら、それでも黙ってそのクライアントの言うがままに着衣を少しずつ取り、備え付けの浴衣に着替えると裾をたくし上げてみた。
白磁の工芸品のような素足が重信の目に眩しい。
「彼女」の手が自身の襟元へとすべり込み、もう一方は裾の奥へと入っていく。少しばかりはみ出した豊かな胸の真中あたりと、別の場所にその指が触れた。次第に「彼女」の呼吸が荒くなり、頬が上気してきた。

「おお、ええなぁええなぁ〜」

”あの男の顔を撮って、後で見せてやりたいもんだ”
重信は思った。だが....「自分は今どんな顔をしているのだろう?」
クライアントに対する隠せない侮蔑の感情....そして同時に重信は、体の熱さを否定できない自分を嫌悪した。だが、それは単なる欲情?....それとも....?

「....んーひとりHもええけど、やっぱカラミやなぁ、おいそこの君」
「・・・は?」急に声をかけられて重信は我に返った。
「そうそうあんた、男優をやってもらおか」
「わ、私ですか....」
「他に誰がおるんや?」
「わ、わたしはその....遠慮し」「重信君」
上司が眼鏡の奥で瞬きもせず重信を直視した。
有無を言わせないときのあの表情である。
「ほらほら、女優を待たせたらあかんなぁ....かわいそうに寒がっとるやないか」
「は....」

重信は遠慮がちに視線を「彼女」に向けた。
そのとき、重信の目に映ったのは、強要されたその淫らな姿態とは裏腹な、柔らかな「彼女」の微笑だった。

”いいよ....”
そういったように重信には思えた。

「さて、ほならいこか」
一瞬のうちに現実に引き戻された重信。
呆然と立ち尽くす彼の前に、「彼女」の白い手が伸びてきた。

そこに何も存在しないかのように、流れるような手つきで重信の着衣が外されていく。
重信の首筋から胸、そして脇へと、柔らかな感触が滑り落ちていった。そして....

この瞬間から、重信は上司もクライアントも存在せず、「彼女」と二人きりであるかのような幻想を抱いた。

まるで吸い寄せられるように、重信も「彼女」に触れた。胸元に唇を寄せると、「彼女」のうなじの産毛が風に吹かれた若草のようになびくのが見えた。
「彼女」の背中に回りこみ、手を胸に回しながら背中に舌を這わせる。「彼女」が軽く声を上げた。そのまま片方の手がすべりおり、「彼女」自身へと触れる。....

....この歳になって重信には初めての経験だった。
本来ならどうしていいのかわからなかったに違いない。だが、「彼女」の身体から伝わってくる何かが、重信を動かしていた。....

クライアントも上司も、DVを回すのも忘れて固唾を飲んで見守っている。

”きて....”
「彼女」の身体が言うがままに、重信は自身をその暖かな中へと滑り込ませた。
一瞬「彼女」の顔が切なげに歪んだ。その表情が重信を突き動かす。....

....短く激しい動きの後で、重信はあの日と同じように「彼女」の中で爆発した。

「....」余韻の中で、重信は「彼女」に何か語りかけようとした。
”・・・・?”「彼女」の表情が、問いかける。
何を言おうとしているのか...?

「いや〜よかったよかった。なかなかの熱演やったなぁ....こらワシもたまらんようになってもたわ。あとはこっちでやるさかい、君らは席をはずしてくれんか。今日はお開きや」
「彼女」の声の代わりに耳に飛び込んできたのは、醜悪な男の醜悪な声だった。

「もちろんですとも。ではごゆっくりお休みください。いくぞ重信君」

機械のような上司の音声もだった。

「・・・・」
「ほらいったいった。野暮なことは言いっこなしやで、お若いの」

「いやです」
「なんやて?」
「重信君」上司がまたあの目をした。顔色が蒼白になっているのが重信にもわかる。
「聞こえなかったのか?やだっつったんだよっ!」
「....何様のつもりや、おまえ....」クライアントの声が低くなった。威嚇のつもりであろう。

だがそれが効力を発揮する前に、彼はクライアントめがけて突進した。渾身の力を込めた拳を打ち出す。
が、その中年男は以外に敏捷だった。拳を左に流すとそのまま腕をつかみ、重信に背を向けた。
世界が反転した次の瞬間、重信は呼吸できずに畳の上に倒れていた。
「ワシをなめんなや」重信を覗き込む男。
何か言い返そうと思ったが声が出ない。動くことも出来ない重信の腹部に、重い一撃が加わった。
重信の記憶は、そこで途切れた....

....白いコンクリートの天井を、配管が縦横に走っている。人間を癒す場所としては最低の雰囲気である。

配管の錆止め塗料の垂れ下がった滴を、何度数えたことだろう。
重信がこの病院に収容されてから、すでに3日が経っていた。
「#11浮肋骨と胸骨剣状突起骨折ですね。しばらく安静にしていてください」
事務的に担当医師が告げた。

会社のことが気にならないといえば嘘になる。
なにせ重信の営業課担当の中では、最大の取引先だ。
だが、なぜか重信はせいせいした気分だった。
あの日までのモヤモヤとした閉塞感が薄れ、何か開けたような気がしたのだ。それは....

そんな重信に、看護婦が面会者を告げた
少しばかり期待した。だが訪れたのはあの上司だった。

「大変だったね、重信君」
「いえ....すみませんでした」
「何、済んだことだ....君はゆっくりと静養するといい。いくら休んでもいいから」
「はぁ....」上司が重信のことを気遣って言ってくれているのではないのは、彼の口調から明らかだった。
「何かあったら連絡をくれたまえ。そうだ、会社になにか提出するものがあったら私のところに送るように。では」
言いたいことだけ言うと、上司はここにいる時間が一刻でも惜しいかのように、そそくさと立ち去った。

「さて、これからどうしよう....」
重信はまた思いにふけった。
彼の未来が、今の会社にあるとは思えない。
しかし彼はあまり悲観していなかった。

あの日の列車の中での出来事が浮かんできた。
とりあえず今は、あの日の「彼女」を追いかけてみたい....

「退院したら、久しぶりにカメラを持って街に出てみるか」
ベッドの上で痛む体を横たえながら、少しばかりの昂ぶりを覚える重信であった。・・・・

....その182へ続く(トンネルを抜けるとそこは磯)