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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その180

・・・・宴席の馬鹿げた高笑いが遠く聞こえてくる。
ようやく自室にたどり着いた。

だが接待する側にゆっくりしている暇はない。着替えもそこそこにお座敷に行かなければ....

重信道隆(23)は深いため息をついた。
実際、彼は疲れていた。
自分の興味とは無縁の会社の、これも自分の適正とは正反対の営業課に配属されてからというもの、心も身体もすり減らす毎日が続いている。

今日も取引先の担当重役の接待で、本社のある京都市内からこんな田舎町に来ている。
「どうせもてなすのなら河原町辺りのお座敷の方が粋というものであろうに....」
そう思う重信であったが、無類のゴルフと女好きのクライアントの意向は絶対である。
”明日昼までの我慢だ”
重信は自分にそう言い聞かせた。現地解散がせめてもの救いである。明日は餘部橋梁を見上げるあのポイントから旧型客車を撮りまくろう....
こっそりバッグに忍ばせてきた、高校のとき以来の愛機Pentax ME SUPERを手にしながら、なぜかそれでも心はずまない重信だった。

仕事のせいではない。理由は、自分でもうすうすわかっている。
自分が鉄道写真に興味を失いかけているのだ。
しかしそれを認める事は、自分自身の心の拠り所を失うことになる....そんな気がして、重信はそれを認めるのが恐かった。
「この先に何があるのか....」

憂鬱な気分に沈みそうになった重信を、現実に引き戻す声が部屋の外から聞こえた。
「お待たせしました。お席の用意ができておりますのでどうぞ」
”誰も待ってないって....”
声に出さずに呟くと、重信はまたひとつ大きな溜息を吐いた。

宴は、予想通り退屈かつ苦痛に満ちたものだった。
クライアントはひたすら自分のゴルフの腕前を自慢し続け、同行する上司は驚異的な忍耐力を無駄に発揮して相槌を打ち続けている。
重信の感覚が次第に麻痺しはじめた頃。
「さて本部長、今日はもう一つ座興を用意させていただいとるんですが」
「おお、何や?19番ホールかいな?」

”仮にも本部長の肩書きを持つヤツが、そんな石器時代のギャグを飛ばすな”
重信は心の中でクライアントを罵倒した。
だが、上司はそんな事はおくびにも出さず、見事に追従してみせた。
「さすがご明察ですな。おーい」
「はーいただいまぁ」
女中が応えた。
「例の、頼むわ」
「はぁい、今お連れします....」
「何や、芸者でも連れてこゆうんかいな。年増はもうかなんで、なあおい」
「いえいえ、今日は違いますよ。二十歳前のピチピチで」

間もなく女中に連れられて、一人の女性がお座敷に姿を現した。
「・・・・・!」

重信は驚愕した。
4年前のあの日、この温泉町近くの駅での出来事。
あれは未だに重信の心に焼き付いている。
重信の前にいるのは、あの日のままの「彼女」だった。
「いや、まさか....でも....」
彼女はちらりと重信を見たが、表情を変えずに目をそらして、彼らに一礼した。

言葉を失ったままの重信の横で、クライアントが脂ぎった視線を彼女に向けた。
「ほ、ほほぉ....」
「いかがです?」
「おお、ええやんか....」
「それもお持ち帰りつきです」
「何やて、そらええなぁ....しかし....」
「ご心配なく、お土産はこれです」
上司がいつのまに用意したのか、DVを取り出して見せた。「今日はその、撮影会という趣向で、彼女はカメラマンのどんな要望にもお答えするモデルというわけです」
「どんな要望にもって....どんなことでもかいな?」
「はい、どんなことでもです。そうやな?」
「・・・・」
黙って彼女はうなずいた。
「すみませんねえ...この子生まれつきなのか、誰とも話をしないんですよ。お客さんのおっしゃることは判ると思うんですが....」
女中がおろおろとしながら口をはさんだ。
「ええって、やることできれば、なぁ君。」
「はい、そのとおりです」
見事なタイミングで上司が追従を入れた。
「では、ごゆっくり」
女中がそそくさと座敷を後にした。
「さて、ほんなら早速始めよか....」・・・・

....その181へ続く(◎千代日記?)