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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その179

・・・・重信道隆(18)を乗せた鋼体化客車オハフ61は、磯と山に挟まれて波飛沫のかかりそうな隘路を音もなく滑っていく。
早朝に京都を発した鈍行列車だが、海岸に出るころにはもう正午を過ぎていた。目的のガスタービンエンジン搭載試験車両キハ391の安置された米子電車区に到達するのは日没ぎりぎり間に合うかどうかの時間になりそうだ。

近所の操車場で三脚を構えるのが日課だった鉄道写真小僧の重信にとって、初めての大撮影旅行である。とはいっても、今春高校を卒業する重信に周遊券を購入するほどの余裕はない。
「18切符」でひたすら乗り継ぎ、撮影しまくりの予定を立てた。昨晩の「ムーンライトながら」に500円払ったのは痛かったが、おかげでカバーエリアが下関まで延びた。まずは有益な投資だったろう。

しかし興奮で眠れなかった昨晩、早朝の新垂井駅跡撮影、米原でワムフ100捕捉と立て続けにイベントが発生したため、重信の疲労は極に達していた。餘部橋梁などはうっかり見過ごすところだった。ここからしばらくは、車窓は良くとも車両的にはいまいち見所のない線区が続く。

「少し眠るとするか・・・・」
ひざの上の時刻表と、テーブルに置いたカメラをバッグにしまおうとした重信の目が、ふと見やった反対側のボックスにくぎ付けになった。

そこには、一人の女性が窓に頬杖をついて眠っていた。

セミロングのストレートヘアにチェックのミニスカート。制服の感じからすると高校生のようだ。白く細い手脚と、温かい車内のせいか火照った頬が幼さと艶っぽさ相半ばする微妙な雰囲気をかもし出している。

だが、重信の視線は別の場所に固定されていた。
着替えのときにうっかりしていたのか、ブラウスのボタンが上から2つ、はずれたままである。その隙間から彼女の下着が覗いていた。....制服とは不釣合いな赤紫のレースの....
そして、華奢な体つきからは想像もつかないような豊かな胸が、その小さな布から溢れんばかりだった。それはまるで、冬の街に花開く大輪の椿のように....

「・・・・」
しばらく茫然と彼女に見とれていた重信。
ふと気がつくと、車内は彼女の向かいにちょこんと正座したまま居眠りしている老婆だけである。

無意識に、重信はカメラを手にしていた。窓に映る上気した顔の自分に言い訳する。
"これも鉄道写真だ...."

自分のものでないかのように震える手を押さえつけ、窓際の彼女に焦点を合わせた。
「かしゃっ」
シャッターを押す。
重信の耳には、それが何かの爆発音のように響いた。

その音に気がついたのかどうか、眠っていた彼女が不意に顔を上げた。
慌ててカメラをバッグにしまう重信。窓越しに写る彼女がこちらを見ていないか....大丈夫だ。
ほっとする重信だった。

列車は海沿いの小さな駅についた。対向待ちのためしばらく停車する。
スチームパイプの金属音だけが響く車内で、彼女が音もなく立ち上がった。
"ここで降りるのか...."
何気に顔をそむけたままの重信。だが予想は外れた。

彼女は重信の隣に腰をおろすとまっすぐに重信を見つめた。
「....どうも....」そういうのが精一杯だった。
相変わらず彼女は重信を見つめたままだった。どうやら感づいていたらしい。

「い、いや、これは....その....ご、ごめん....なさ....」

しどろもどろに謝る重信の唇の動きが、彼女の白い指に遮られた。
彼女は脱いでいたベージュ色のコートを、重信のひざに掛けた。
「・・・・?」
彼女の意図がわからない重信とコートの間に、彼女の細い腕が忍び込んできた。
「あ、あの・・・」
相変わらず彼女は黙ったままである。しなやかなその指は重信の窓をするりと通り抜け、先ほどから熱いままの彼自身に絡みついた。
「・・・・!」とっさに腰を浮かそうとしたが、静かに上下する彼女の指がそれを許さない。

軽い衝撃とともに静かに列車は駅を離れ、短いトンネルに入った。
重信は窓に映る自分たちの姿を見た。恋人同士がコートをひざ掛け代わりに、2人で手をつないで旅している....そのようにしか見えないほど、自然な彼女の動作だった。
相変わらず、反対側の老婆はうとうとと眠ったままである。

"誰か来ないだろうか....?"
"次の駅がもうそこなんじゃ....?"

真綿に締め付けられるような柔らかな苦痛と焦燥と快楽に苛まれながら、重信は彼女のなすがまま、無限のような時間が過ぎていった。
「あ、だ...あ....の....」

ついに耐え切れなくなった重信が声を上げ、おもわず老婆の方を見た。どうやら今の声で目を覚ましたらしい。
「ちょ....」
何とかその場を取りつくろおうとした。が彼女はそれもわかっていたかのように彼のひざにかかるコートの縁から顔を忍び込ませた。

重信は熱く柔らかいものに包まれるのを感じた。
老婆は2人を見ると微かな微笑を浮かべ、また夢現の世界へと戻っていった。どうやら老婆の目には、重信が彼女に膝枕をしてあげているように見えたらしい。

「....!!」
ついに耐え切れなくなった重信が、吸い付いてくる彼女の口の中へと迸った。熱い脈動が頭の天辺まで響いてきそうである。彼女はコートの影に顔をうずめたまま、最後の1滴まで重信を吸い尽くしてしまおうとしているかのようだった。

ようやく重信から唇を離した彼女が、またまっすぐに彼を見た。
ふさいだままの口元がわずかに動き、何かが咽喉を通過したのが重信に見えた。

列車はやがて、ひなびた温泉町にたどり着いた。
彼女が静かに席を立ち、デッキへと歩を進める。
「あ、あの....」

"自分は何を話そうとしているのだろう....?"重信は思った。
そんな彼の思いを知ってか知らずか、振り向きざまに微笑むと、彼女は静かにデッキへと姿を消した。

乗客が眠ったままの老婆と、身動きできないままの重信だけになった列車は、やがて静かに駅を離れた。
窓の外は相変わらず、時が止まったような鉛色の空と海が広がっていた。・・・・

....その180へ続く(線区違いの出来事)