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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その178


マッチ売りの少女

真理子と会うまで、僕は迂闊にも彼女を毎日見ていたことに気が付かなかった。

彼女は僕がスタジオへ行く途中の駅で、毎朝いつも疲れた顔の男たちにティッシュを手渡していたのだ。

駅からの階段を登ってくる僕の視線に真っ先に飛び込んでくるのは、真理子の折れそうに細い脚と一体化したようなエロチックなハイヒールだった。

"でも、いつも素足をさらしていると寒いでしょう?"

近所のおばさんの揶揄ともつかぬ質問を真理子に投げた。

"そうなんです....だから会社の女の子も生理痛とかひどい娘が多くて"

素直な答えの真理子を見て、そのブルゾンの赤が彼女の血に染まるのを想像した。

撮影当日、彼女にはいつものように社の服を着てもらった。
絶対に社名を出さないという約束で。

"じゃ、その柱の影でパンティを脱いで"
"え....ほんとにやるんですか?"
真理子は少し恥らったが、僕の言うことを聞いてくれた。

手にした温かな下着で包むと、いつもの笑顔で真理子は通りがかりの男に手渡した。
何気にそれを手にした男は、驚いた顔で、そ知らぬ顔の真理子と手の中の真理子とを何度も振り返りながら見比べている。

階段の陰からカメラを構える僕と、真理子の視線が一瞬合った。
それは切なげな、だがとてもエロティックな表情だった。
視線をそらせた真理子は、通行人に幸せを配りつづけている。

真冬の冷たい風が、真理子の叢を吹き抜けるのを想像して、しばらく僕は陶然としていた。


....更新ページの原稿を書き終えた重信道隆(38)は、改めて今回の写真に見入った。
いつもと違うラッシュアワーの人ごみにもまれながらの撮影だったので、かなりブレてしまったが、それは重信の構想内である。スムーシングをかければ雑踏の雰囲気がもっとよく出るだろう。

重信が普通の女性の特殊な写真を撮り始めてから何年か経つ。
それは趣味の範囲を超え、重信の職業のひとつとなり始めていた。事実、先日出たばかりの写真集は初版完売とかなりの人気を博している。
「だが....」
"自分の求める『あれ』は、その果てにあるのだろうか....?"
いつもその疑問が頭をよぎる。1作品を仕上げた後は特にそうだ。たとえそれがどんなにいい写真であっても。

デスクを離れると、重信は窓の外を眺めた。
都心の冬には珍しく、鉛色の空がそこに広がっていた。
「そう、あの日もこんな空だったなぁ....」

重信が遠い目をした。
しかし彼の回想がそこに届く前に、メール着信の音が彼を現実に引き戻した。

重信は自分の掲示板で、モデル希望の女性を募集している。
だが、たまにメールで直接撮影を申し込んでくる人もいる。

そのメールに、タイトルはなかった。発信先はフリーメール、文章は....ない。
ただ、添付された画像の中で、あの日のままの「彼女」が静かに微笑んでいた。

「....まさか....いや....」
重信の心の中は、激しく波立っていた。・・・・

....その179へ続く(Fetch?)