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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その176


・・・・警報音とインジケータが点滅するコンピュータルームで、北原清二(28)はシステムモニタとGPS/CRYSTAL−5aオーバーレイ画面を交互に見やった。
「....中将には連絡は?」
「警報が発せられた時点で届いているはずです...」『...少佐、そこにいるかね?』
中野左兵衛中将(86)の姿が地上連絡用モニタに現れた。
「はい」
『時が来てしまったようじゃ。厳しい状況だが、可能かね?』
「はい、今この時点でご命令を頂ければ発射までにあとおよそ9分はあります。こちらからの攻撃が着弾するまで3分から3分10秒程度ですから、十分余裕があります」
『だが1点反射になってしまうのう』
「仕方ありません。大気圏通過距離が長くなりますので精度は落ちますが、全体としての射線は短縮されますので火力は逆に勝るかと」
『よし、始めてくれ』
「了解しました。システムモードレッド。起動」
「炉心出力、緊急時に切り替えます....上昇中。ターミナルコンデンサへの充電、開始します」
「衛星からの送信、バーストモードに切り替えます....計算出ました。位置確定、暖機状態からの推定発射時刻....あと7分10秒です....逐次修正中」
「よし、照準修正。気象衛星からのデータは?」
「逐次受信中です。高度5000m付近にイレギュラーな低気圧がありますが、発射予想時刻3分前には射線から外れます.....あっ?!」
「どうしました?」
「CRYSTAL-5a、失探しました!スクランブルに引っかかったようです!!」
「くっ!よりによってこんな時に....ぎりぎりコード変更にかかってしまったのか....?!解読にどのくらいかかりますか?」
「システムが照準追尾にかなりのリソースを割いています....あと....8分!」
「だめだそれでは間に合わない....照準の正確な状況を把握できない....」
”どうする....?”
思いもよらない状況ではなかった。北原が甘かったといえばそれまでであるが....

米軍の協力さえ得られていれば、偵察衛星CRYSTAL-5aもGPSも自由に使えるのに....バーストモードでハッキングするというような姑息な手段をとらなくてもよかったのに....
毎日変更される衛星メインコンピュータのコードを逐一解読する間、照準修正ができないというこのシステム唯一の弱点を、見事衝かれてしまった格好である。

「内田大尉!こちらからの発射予定時刻は?!」
「あと2分10秒でエネルギーフルです。しかし....」
「よし、発射可能時刻に到達したら出力1/1000000、収束率100倍で1μsec照射願います」
「....!それでは命中しても破壊できません!」
「破壊目的ではないんです。反射で対象を測距し、データ外挿の後最大出力で照射します」「なるほど....!了解しました」
内田大尉がCRTを凝視する。「反射衛星角度微調整....収束ソレノイド電圧調整.....エネルギー充填完了....発射します」

....海を隔てた隣国の山間部。
ゲートが開かれ、その奥では漆黒の破壊兵器がカウントダウンを待つばかりである。
その頭頂部に、細い光の糸が刺さったのに気が付いた者はだれもいなかった。....

「敵目標再探しました!!照準修正!!」
「よし、いつでもいいですよ」

臨時に火器管制を担当する宇田中尉の声が響く。
「5,4,3,2,1....ファイア!!」....

....夜更けの工業団地に、人通りはなかった。
夜勤明けの家路につく、ヘルパーの吉田美枝子(56)を除いては。

近所のコンビニで買い物を済ませた美枝子は、大きなあくびをひとつすると職場のほうをなにげに見やった。
「まったくあのじいさんたちときたら....食って寝て出すことしか考えてないんだから」
幼児のようにわめき散らす男どもを思い出しながら、夜食にと買ったカラアゲの包みを開けて一つつまんだそのとき。

「......!!」
瞬間、美枝子の視界は純白に漂白された。
彼女の職場「ライフステーション○○」屋上から、光の柱が天空めがけて突き立ったのだ。
「え....な、なに....?!何これ...?」
完全に視力を奪われた美枝子に、遅れて衝撃波が到達した。
街路樹が大きく揺さぶられ、美枝子も駐車場から歩道まで吹っ飛ばされた。

しかし、それは一瞬の出来事だった。
美枝子の視力が回復する頃には、あたりはいつもの工業団地の夜が戻っていた。....

「暖機完了。秒読み始めます」
大勢の政府高官が見守る中、国家の誇りを載せた殺戮兵器が発射されようとしている。
異変に気が付いたのは、基地の防御専任士官だった。
「未確...」
彼が任務をまっとうできたのは、そこまでだった。
全ての作戦従事者が、純白の光の中で蒸発した。....

....「目標、消滅しました」
「やりましたな、少佐」
「ごくろうさま。みなさんのおかげです」
「いいえ、少佐のご協力がなければ今日の迎撃は不可能でした」
宇田大尉が手を差し伸べた。
北原がそれを握ろうとする。
「あっ...そうか....ごめん」
北原の手が、半透明な宇田大尉の手を摺り抜けていった。....
「いいえ、こういうことは形が大切なんで....なあ中尉」
「まったくです」
3人は笑いあった。

....中野中将と初めて会った数日後、北原は彼に連れられて施設を見て回った。
大深度地下から聳え立つ主砲塔と、それを取り巻くコントロールルームの主な場所の説明を受け、初めて中野中将率いる組織『AML』の名前に隠された、もう一つの意味を知る事になった。
一通り見て回った後で、北原は中野中将に疑問を呈した。
「それにしても中将、これだけの設備を運用するにしては人員が少ないようにお見受けしますが....?」
「君が言っておるのは、『見える人』の数が少ない、とこういうことじゃな?」
「は、はあ....まあそういうことですが....」
妙なことをいうものだと思いながら、北原は応えた。
「よし、最後にこの施設の最重要区域を君に紹介しよう」
「...?」
北原は中野中将の後を追った。

砲塔基部から数階層下におりたフロアに、それはあった。
「・・・・・これは・・・・」
「われわれの優秀なスタッフじゃよ」
北原は眼前に広がる異様な光景に言葉をなくした。

その部屋には無数の棺のような透明のポッドが置かれ、液体で満たされている。
中には....頭部に多数の電極を接続された人間、それも献体と見まがうばかりにやせ衰えた老人たちが浮かんでいた。それぞれのポッドには中の人物の姓名などいくつかのデータが書きこまれたカードが刺さっており、生命維持装置と思われるインジケータがぼんやりと灯っていた。

北原がおそるおそるポッドを覗き込む....骨と皮だけになって背骨がくの字に歪曲している老婦人....名前は「大町シズエ」とある。老人斑だらけのしなびた面の男が「内田秀男」、「宇田新太郎」はきれいに髪が一本もない頭を持つ、どす黒い皮膚の男だ。隣のポッドは....足が象のように浮腫んだ見覚えのある男....「中野左兵衛」?!

驚いて振り返る北原に、中野中将は笑いかけた。「そう、それが先日君と初めて会った、本当の私だよ。これは....なんといったかな、そう、ホログラムというわけじゃ。ちょっと個人の趣味でモディファイしておるがの....この像の私が中野中将、ポッドの中の肉体が中野左兵衛ということになる。地上の施設はカムフラージュといったところかな。もっともワシは君が見たとおり、まだ生体が動く事が可能なのでな、私がじきじきにスカウトした人間たちを面接しに行くと言うわけじゃ」
「で、では....私が見たほかの人も....」
「そう、ほとんどがここにいる。ただ君や篠原弥三郎中佐のような実体が作業をしているセクションもあるので、そこにはインターフェイスの意味もあって仮想身体を投影しておるのだ」

北原は、改めて彼らの肉体を見つめた。
おそらくは何十年と働き、やがて老い衰えて人生終焉のこの地にたどり着いた人々だろう。
それなのに、こんな姿になってまでまだ働くのか....?それも自分のためではなく、国家防衛のために....?

「君の考えておることはわかるよ」中野中将は言った。
「だが君の疑問をここに入っておる者に投げかけたら、おそらくほとんどの者がこう応じるだろう....『死を賭して生きるか、死んだように生きるか、どちらを選ぶ?』とな」

北原はそれに応えることが出来なかった。
ただ黙って、悠然とポッドに浮かぶ人々を眺めていた。....

....終業時間が近づいてくる。
北原の周りで、多くの人間が帰り支度を始める。
「北原さん、今日も残業っスか?」
「まあね」
「毎日ご苦労さんっすね、サービス残業なのに」
「ん....まあ自分の福祉のためにやってるようなもんだから」
「はぁ?」
「いや、こっちのことさ。おつかれさん」
「じゃ、失礼します」
オフィスからいっせいに人影が引ける。
つけっ放しのTVから、今日のトップニュースが流れている。
”....さきほどからお伝えしております、NK国でのミサイル基地と思われる施設での大規模な爆発に関して、同国政府は「反体制的勢力のテロにより、一般の工場が爆破された」との声明を発表し、軍事施設での事故であるとの見方を否定しました。これに関し中国、日本およびアメリカ各国政府は、声明を控えております。繰り返します.....”

今日も、中野老人との邂逅の時間が近づいてくる。

「これで終わったわけではない。これが始まりなのだよ」
昨日の中野老人の言葉が頭の中で渦巻く。
「そう、これから始まるのさ....」
心の中で呟きながら、席を立ち階下へとむかう北原だった。....

....その177へ続く(残存機能の活用)