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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その174

「・・・さん、北原さん?」
誰かの声に、北原清二(28)は目を醒ました。
「お、おう....もう朝か」
出社してきた経理の森下綾香(24)だった。
「また徹夜だったんですか....大変ですね」

森下が持ってきてくれたコーヒーの紙カップを受け取りながら北原は応えた。
「うん....リビジョンアップの期限が近いからね....そういえば昨日の晩ヘンなことがあったんだよ」

北原は中野老人のことを森下に話した。
それを聞いた北原は、ぼちぼち出社してきた社員をはばかるように眉をひそめて低い声でこたえた。
「....あの....それって『ライフステーション○○』ってとこじゃありませんか
?」
「そうそう、そこだよ。森下さん知ってんの?」
「あそこ何か最近変な噂が立ってますよ.....」
「どんな?」
「なんでも入所した独居老人が、いつのまにか行方不明になっているとか...確認しようにも家族がいない人ばかりいなくなるので、真相は闇の中....ってことらしいです」
「なんだそりゃ....ひょっとしてそこってソーセージ屋もやってるとか」
「やだぁ北原さん、ダメダメ映画の見過ぎですよ」

自分のデスクへ去っていく森下の後ろ姿をぼんやりと眺めながら、北原は昨日の晩の出来事を思い返していた。
”ボケたじいさんの割には、話すことが妙に具体的だったなぁ....もっとも痴呆患者の話というのは自分独特のの世界を構築するものが多いと聞いたこともあるが”....

....その日の晩も、すでに日付が変わろうとしていた。
今日も一人オフィスに残った北原は、導入したばかりのクライアントPCにOSをインストールしようとして、ライセンスコードが手元にないことに気が付いた。

地下フロアの資料室へと歩を進める。
保管棚からパッケージを取り出した北原は、しかしその時異変を感じた。

棚の位置がわずかにずれ、背後から光が漏れているのだ。
「・・・・?」

不審に思った北原が棚の後ろに手をかけて覗こうとした時。
「?!!」

音もなく棚がスライドし、眼前に幅5mはあろうかという通路が出現した。
通路には柔らかな中間照明がともされ、メタリックな素材の外壁と床材がその灯りを反射している。通路は左右に延び、床の上には左から右の方向に矢印がいくつかプリントされていた。

「いったい....ここは何だ?...」
北原は自社の地下にこんな設備があるとはいままで聞いた事もなかった。

見てはいけないものを見てしまったような気になった北原だったが、なぜか彼の足は矢印の指し示す方向へと向っていた。

10数m先で通路は左に折れ、その先はまた2手に分れている。
「こっちになにかありそうだな....」
北原は右を選んだ。

突き当たって更に右手に進むと、ステンレス製の扉の横にそれはあった。


「なんだ....ここは?....」
会社....のようにも見える。だが特に法人であるかのような記載は見当たらない。....研究所....には違いなさそうだ。が、いったい何の...?

なにか危険な雰囲気を感じ取った北原だが、好奇心がそれに勝った。
北原が近づくと、重々しい音とともに扉が開いた。

入った場所は、パーティションで区切られた普通のオフィスのような部屋だった。灯りが煌煌とつき、業務中の日中のような雰囲気である。
しかし、人の気配はなかった。
「....こんばんは....」
試しに北原は呼びかけてみた。しかし返事はない。
「あのー、すみませーん」
「....ようこそ。今日はお菓子を持ってきたかね?」
突然背後から声をかけられ、北原は飛び上がった。

「あ、そ、その....すみません....つい....」
狼狽する北原が目にしたのは、昨日あった中野左兵衛(86)の姿だった。
”いったい、いつのまに....”

いや、正確には昨日とは同じではない。
旧帝国陸軍中将の制服を着用し、腰にはサーベルをため、その背筋は青年のようにまっすぐに伸ばされている。昨日のだらしない徘徊老人の姿は見る影も無い。

中野老人は北原の横を通り抜け、彼を観察するように見つめながら言った。
「そうか、まあいいだろう。貴君もここに来たからには我々の同志ということになるからな」
「同志....ですか?」
「そうだ。我々の事業のな」
「じ、自分はたまたまここに来ただけで....すみません....」
「そういうわけにはいかんな。知ってしまったからには協力して貰わぬ訳にはいかん」
「そんなの無茶苦茶です....失礼します」
混乱から立直り、いささか腹立たしげに出口に向おうとした北原が目にしたのは、銃剣を腰だめにした兵士の一隊だった。
「・・・・!」
「このようなやり方は不本意なのだがね。おい、この方を応接室にお連れしろ。丁重にな」

指示に従う以外の選択肢を失った北原であった。・・・・



....その175へ続く(昔話の無限ループ)