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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その173

ドアの外に老人がぽつねんと立っている。

大体においてこの時間にこのビルの中を老人が歩いている事自体が尋常ではない。
「まさか幽霊ではないだろうな....」

北原清二(28)はオフィスの中からその老人を観察した。
だらしなく着崩れたパジャマの胸に、文字がデカデカと書かれた布が縫い付けられている。

神奈川県大和市XX町xxx-xxx
中野左兵衛
大正7年1月13日生
この人を発見された方は下記までご連絡ください
シルバーライフ○○ 046-2xx-xxxx
見るところ、どうやら徘徊老人らしい。
それにしても、一応警備所があるこのビルに、どうやって入ってきたのか...?

「なあ、お菓子をくれんかね」
中野老人は繰り返した。
「うちにはそんなものはありませんが....」
「なんだ、兵站は軍事の基本だぞ。そんなことでどうする」
戦時かぶれの老人のようである。北原はとりあえず話を合わせることにした。
「すみません。それにしてもこう物資が窮乏しては....失礼ですが中野さんは..」
「失敬だぞ。私は中将じゃ。」
「し、失礼しました。それで閣下、現在は何の作戦に従事されておられるので....?」
「分かりきった事を聞くな。帝都防衛じゃ」
「は、はぁ....で、敵は?」
「海の向うの独裁者を神と崇める鬼畜どもに決まっておろうが....我が軍は一命を賭しても玉体をお守りせねばならぬ。貴様もこのような場所で油を売っておらんで、天皇陛下の為に働かんか。それが神国臣民の努めというものだぞ。だいたい....」
「あらあら中野さん、こんな所にいらっしゃったのですか。さあ帰りましょう」

いつのまにかケーシーの白衣を着た屈強な2人の男が中野老人の背後に現われ、優しげな声をかけた。

「うるさいぞ。今ワシはこの若造に愛国心のなんたるかを教えて...」
「ほうほう、それは大事な事ですな。おうちに帰って私たちにも聞かせてください」「うむ、よかろう。うちにちゃんとお菓子は用意しておろうな?」
「それはもう、ぬかりなく」
男達に両側を囲まれた中野老人は、北原に振り向きざまに声をかけた。
「貴様も御国の為に働きたいと思うなら、いつでもワシに連絡をくれたまえ」
「は、はぁ...」
「ささ、いきましょう。どうも御騒がせいたしました。いや、御社の警備室からいつのまにやら御社に入り込んでいたと連絡を頂いて迎えに上がったのですが、姿が見えなくなったとかで....いずれにしてもありがとうございました」
「いえ....」
「では、失礼します」

男達と中野老人が去り、北原ひとりが残された。
「何だったんだ、今のは....」

騒ぎが収まると、急に眠気が襲ってきた。ハルシオンが効いてきたらしい。
北原はソファに横たわった。
「帝都防衛....か....」
恐らくは痴呆であろうと思われる老人の言った言葉が、なぜか心の隅にひっかかる北原であった。・・・・

....その174へ続く(近辺の夜間巡回)