短期集中連載(笑)
−この物語は、フィクションである−
その161
モンスーン気候の雨期とはいえ、大陸の陽射しは容赦なく照りつける。
巨大な半島の西部の町シリーユナガルを目前に、ガッツ・ショーン(45)は上下からの責め苦に苛まれていた。
大抵の食物には耐性があることが、ショーンの探検家としての才能の一つであると自覚していた。
だが、この国に来てからその自信が大いにぐらついていた。
「人間の食う辛さじゃねぇ!!」
地元の民から供される食事を口に運びながら、ショーンはもう一つの才能である異文化交流最大の武器・”笑顔”を絶やすことなく、心の中で毒づいた。
それでも消化管上部が悲鳴を上げているうちはまだよかった。
毎日彼の臀部から噴射される火炎は、周囲の括約筋を全て焼き尽くすかと思われるほどであった。
「....そんなの当たり前だべ?」
地元民は涼しい顔でそう答えた。
「河で洗っとけば気持いいだべさ」
....先日からの沐浴を即座に中止するショーンであった。
しかしながら、今日はいつもに増して切迫が危急である。
バムヴァという村に着く頃には、ショーンの忍耐も限界に達していた。
脂汗を流しながら、ショーンはとある民家に飛び込んだ。....
....その後あまりの苦痛に、ショーンはその民家でしばらく気絶していたらしい。
謝辞を述べながら、ショーンは行く先に不安を覚えた。
「これは、少し体を慣らすためにどこか大きな町にしばらく滞在した方がよさそうだ」
結局、ショーンは隣町のシリーユナガルで1週間ほど過ごす事になった。
久しぶりに、ペーパーのあるトイレと、お湯の出るバスのある生活に戻れる....
....ショーンが半島を横断し、亜熱帯性気候の小国にたどり着いたのは、その年も押し迫った頃のことであった。
古より緩衝国であったその王国は仏教徒が多く、そこかしこに寺院が建てられており、東洋の小乗仏教美術の宝庫である。探検家としてはまたとない観察対象の国である....はずなのだが。
またしても、恐ろしくスパイシーな嗜好の国である。
しかもショーンを閉口させたのは、トイレに水道がついていることである。
....手で括約筋を洗うための。
「まったくこの国の人はどういう嗅覚をしているのだ....?!」
事の後でスパイシーな残り香の指先をしつこく洗いながら、ショーンはひとりごちた。....
....冷たい北の季節風と粉雪が、土間の口から吹き込んでくる。
だが、囲炉裏端は赤赤と火が焚かれ、自在鉤にかけられた大鍋の中ではカブをタップリ味噌で煮込んだ「報恩講汁(おこじる)」がぐつぐつと煮え立ち、櫛に挿した餅が程よく焼けていい香りである。
この国の食べ物は、中には魚を腐らせて食うというとんでもない臭いものもあるが、総じてショーンの口とおなかに合う優しいものばかりだった。
大陸横断の後、かの大旅行家の言う「黄金の国」に来て2週間あまり、今日は新しい年の始まりである。
難解なこの国の言葉にもようやく慣れ、ショーンは世話になっている湖国の農家の人たちに、それまでの旅の話を面白おかしく語って聞かせた。....
....そういえば、いつのころからかこの地に伝わるこんな童謡がある。
”正月っつぁん、正月っつぁん、どこまでござった?
ばんばでババこいて、
しりむらで尻ふいて、
てらむらで手ぇ洗ぉて
餅を食い食いござった....”
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