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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その144

正門を抜けると、久木信正(21)はバイクを恵比寿方面に向けた。
白金の古びた通りを抜けて、首都高2号線高架下を目黒に向かう道の手前で左に折れ、細い道を少し入った所でエンジンを止めた。

店の前には、ビニールハウスのような透明なテントが張ってある。
久木は胃の辺りをひとなですると、意を決して店内に入った。

厨房ではいつものようにオヤジが不機嫌そうにキャベツを刻んでいた。
久木が入っていっても一瞥をくれただけで、「いらっしゃい」すら言わない。
「焼肉定食、大盛り」
久木が言った。
「もう作ってるよ」
オヤジが返答した。相変らず敵対心剥き出しの奴だ。

久木とオヤジの対決が始まったのは、久木が近くの病院に勤めはじめて3ヵ月めのある日だった。
職場の先輩から、とてつもなく大盛りの店があると聞いて、話しのタネに行って見ようと思ったのだ。
『蓮』という、似合わないのか似合っているのか良く分からない名前のその店には、健啖を誇示するかのようなガタイのデカイお兄さん達で溢れ、各々常人では考えられないような量の定食と挌闘していた。
「焼肉定食、大盛り」
久木はあの日も今日と同じように注文した。

目の前に運ばれてきたのは、かの『ぼんち』もかくやとおもわせるような飯のボタ山と、肉屋のディスプレイをそのまま炒めたかと思うような焼肉の群れだった。
しかしこの程度なら久木には目ではない。
早食いらしく、10分ほどで食べ終えおあいそをすませる久木を、おやじがジロリと睨んだ。

....以来久木はここを週に1度は利用しているのだが、どうやら目をつけられたらしく、だんだん完食が厳しくなってきた。
気づかない程度に飯の量が少しずつ増えているらしい。

それでも意地で食い続け、通い続け、そしてオヤジも盛り続けた。
いつしか、久木が現われると常連の客たちが箸を置き、沈黙の対決を固唾を飲んで見守るようになっていた。

「・・・・」
”おまちどう”の一言も言わずに目の前に置かれた定食。
それは間違いなく、先週比15%はアップしたと思われる富士山だ。まるで中華の大皿に洗面器を伏せたような大盛りである。オヤジは一気に勝負に来た。

久木も速攻を仕掛けた。こういう場合ゆっくり食っていては血糖値上昇が先に来てしまう。可能な限り速く、かつ整然と胃の中に料理を収めるのだ。
しかしながらさすがに常識を越えた量のメシに手間取り、肉と飯と汁を消費し終る頃にはもう一杯一杯近くになっていた。
しかしあとは.....
「このカサが多いだけのキャベツをしとめれば....んんっ?!」
キャベツのてっぺんから湯気が立ち上っている。
慌てて久木はキャベツを箸でまさぐった。

....そこに盛られていたのは、薄く1cmほどコーティングに使われたキャベツの細切りに包まれた、超「固盛り」の飯の山だった。
「は、はんそく....だ....」
久木は力尽き、顔面からキャベツの若草山につっこんだ。

”をををっ”
周囲からどよめきが起きた。
”やったなぁ!おやじぃ..”
”ついに奴を返り討ちだ”

ギャラリーたちがおやじを祝福する声を聞いた....様な気がする。....

....翌日、久木はそれでも店にやってきた。
あのままどうやら気を失ってしまったらしく、誰かが職場の病院まで運んでくれたらしい。そういえばお代も払ってなかったことに気が付いた。

店までやってくると、シャッターが降りたままだ。
「おかしいな....定休日だっけ?」
いぶかしげに店を眺める久木の目に、1枚の貼紙が映った。

大願を成就した為
暫く旅に出ます

「....大願って....
『打倒・俺』?!

呆然と呟く久木の言葉に、風に揺れる貼紙は何も応えなかった。

....その145へ続く(勝ち逃げはこの俺が許さねえ)