短期集中連載(笑)
1945/04/30 ベルリン : 1943年2月ドイツ軍スターリングラードで降伏。北アフリカ戦線退却開始。 1944年6月連合軍D-day作戦上陸成功。 1944年7月ハンブルグ大空襲。 1944年8月パリ解放。 1944年9月ジークフリート線に米軍到達。 1945年ソ連ワルシャワ占領、アウシュビッツ解放。 1945年4月ソ連軍ベルリン到達。 : 地下壕の外から、散発的に銃声が聞こえてくる。 10日前に56歳の誕生日を迎えたばかりのグルーバーは、側近と4名の女性と共に、瓦礫の下で最後の時を迎えようとしていた。 「アドルフ....」 最愛の妻、エヴァがグルーバーの肩に手をかけた。「これからどうなさるの?」 「......私は敗残の身だ」 確かにそうだった。 1944年1月を境に、彼の祖国は急速にその勢いを失い、以降は連合国軍に対し撤退に告ぐ撤退の日々だった。 そう、あの老人が彼の心から消えた、あの日から。 孤独な死への不安と恐怖....生涯の大半、彼を苛み続けたその老人の感性が彼の中から去ったとき、稀代の独裁者としての彼も消滅したのだった.... 「....貴女はオーバーザルツブルグへ逃れるがいい」 それに対してエヴァは優しく笑って応えた。 「でも、ご存知でしょう。わたしはあなたと一緒にとどまります。わたしは絶対に離れませんよ」 それはまるで、母が幼子を寝かしつけるかのようなエヴァの言葉だった。 エヴァは、ファーストレディとしては、夫の贔屓目に見ても幼すぎた。 だが、グルーバーが彼女に求めていたのは、そんなものではない。 救国の英雄として、そし希代の暴君としての精神が崩壊した彼に必要だったのは、若き日に亡くした母の存在だったのだ。 そう、彼は今、あの絵に出会う前の少年に戻っていたのかもしれない。 ”私は幸福なのだろう。あの老人は、何と言ったか、かの愛する女性に左手指を吹き飛ばされたそうだが、私はこうしてエヴァに手を取ってもらいながら共に死んでいける....多分、人として....” エヴァの言葉に黙って頷いたグルーバーは、金庫の中からアンプルを2本取り出すと、1本を自分で飲み干し、もう1本を妻に与えた。 迫り来る、全ての終末。だが..... 「そうか....これが....」 ”これが....死の味というものか” グルーバー自身驚くほど冷静に、そのことを理解し、受容した。 ただ、木の葉が風に舞い落ちるように。 町角に張られた終演オペラのポスターが剥がれ落ちるように。 静かに彼の心は肉体から解き放たれようとしていた。 こめかみにワルサーP38の銃口を当てながら、グルーバーはついに生きて会うことがかなわなかった友人に向けて呟いた。 「すっかりお待たせしましたな。ヘル・ムンク.......」 |