変な話Indexへ戻る

短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その130

・・・・そのビルの駐輪場は半ば掘り抜きの噴水広場とそれを取り囲むように作られたオープンテラスカフェの隣にあった。
新島二郎(24)は一番奥の壁際に愛機のKMXを止めると、Sビルの入り口を目指した。ほとんどの人が脇の狭い自動ドアを通る中、新島は回転ドアを押して1階のホールに入り、高層階用エレベータに乗った。
45階で降り、怪しげな自己啓発本の出版社と、後にタイプ練習ソフトの開発で有名になったソフトハウスの脇を抜けて非常用階段を降りると、防火扉操作パネルを開けて中のスイッチを押した。
すると踊り場の壁が音もなく90度回転して開き、別の階段が現われた。

新島だけのオフィスはその階段を降り切った所にある。

オフィスの主になってから3ヵ月が経った。とはいえ今までの仕事も続けている。ビルオーナーとしての仕事はその程度のものだった。しかしおいおい入居者との折衝で忙しくなるだろう。前の実質的なオーナーだった新庄の計画では、あと15年後の2005年4月1日までにはMビルを入居者ゼロにして、取り壊す予定だという。それがビルオーナー移譲の条件だった。

SビルとMビルは、いずれも1974年に竣工している。Sビルが地上52階/200m、Mビルが55階/225mと僅かにMビルのほうが高い。

当時の建築技術を反映してか、Sビルは現代の高層建築と比べて骨格の占有スペースがかなり多めである。新島は今の職場である古いデパートの、店舗の中を貫く太い角柱を思い浮かべた。
だがそれは少し違って、細かいメンバーの集積を壁面の中に縦横に埋め込むという工法だった。独特の吹き抜け構造に強度を持たせながら軽量化を図り、基礎部分への負荷を最小限に抑える工夫と思われる。

Mビルはというと、これがものの見事に建築の基本に忠実な普通のビルである。解体するのはこちらだが、だとするとこちらのほうが作業としては楽なように思える。

結構長くの時間をかけて新島は調べたが、結局ビルの基本構造について勉強しただけで、解体の理由を示唆する情報は何もなかった。・・・・

・・・・そして12年後。
瓦礫の撤去が終了し、東側が見通し良くなったSビルの事務所で、新島二郎(36)は権利譲渡の確認をしていた。「西新宿のグラウンド・ゼロ」については色々な再開発の噂が流れ、新島の元へも大手デベロッパーが接触してきている。元の持ち主のM不動産は特に積極的である。
だが、新島はこのまま空き地として残すことにした。それにあたり、ナショナルトラスト方式を選択したのである。
一口の売出面積が10平方cm、売価が6000円で、約5000平方メートルある敷地の1平方メートルあたり一区画ずつ出資者に譲渡する。これを出資を募ったNPOで管理し、残りを新島が所有する。これで万が一新島が権利を放棄することになっても、折衝等でかなりの長期間空き地を維持することができるだろう。

新島がこのような常識はずれの決断をしたのは、数ヶ月前の取り壊しがあったその晩、フラリと彼を訪ねてきた新庄のせいだった。

「よぉ、失業者」
「なんですかいきなり....それとも新庄さんがオーナーに戻られるとか」
「そんなに俺の人生を惨めにしたいのか?」
「....そういうわけではありませんが」
「まあ、よくやったな。ごくろうさん」
「いえいえ、で、これからどうするんです?」
「2本が1本。手間が少なくなったというわけだ。お前さん、楽できていいなぁ」
「そういうもんでもないと思いますが、この仕事は....」
「お、いっぱしの口を利くようになってきたね....まあせいぜい頑張ってくれ、すぐ元に戻すから」
「え?」
「いや、こっちの話だ」
「はぁ....で、今日こそ教えていただけるんでしょうね?」
「何をだ?」
「何って....取り壊しの理由ですよ。それが知りたくてここまでやってきたというのも...」
「ねぇよ」
「は?」
「だからねえよ、そんなもん。ぶっ壊すこと、それ自体が目的だったんだ」
「え.....そ、そうなんですか」
「そう、それ自体さ....空間が必要だったんだ、あそこには....門番が居座っていては門が開かないからな....」

謎めいた言葉を発した新庄は、いつものシニカルな彼とは違う遠い目をしていた。
「新庄さん....」
「...さて、俺はこの辺でおいとまするか」

ふと予感にかられて、新島は言った。

「新庄さん!....また来てくださいね」
「....じゃあな」
背を向け、手を挙げながらドアを出て行こうとする新庄が、ふと思い出したように振り返った。
「明日午前2時、ここでだ」
「え?」
そういうと新庄は部屋を出て行った。

理由はいまだわからないが、あの土地は空けておいたほうが良いような新庄の口振りだった。それもいつになく真剣に....先のような決断を新島が下したのはこの時だった。

それにしても、明日の2時に何が起るのか?
新島は遠くの夜景を眺めながら、物思いに耽った。

....その131へ続く(息抜き手抜きでまた次回へ)