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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その129

コンクリートとガラスに覆われた無機質な構造物の側面に閃光が走り、まるで子供の積み木細工のように折れ曲がった。
少し遅れて響く轟音と共に、超高層のビルが地上へと気絶するように崩れ落ちた。
濛々と立ち昇る土埃が次第に収まると、数瞬前まで巨大な建造物があった場所は、膨大な瓦礫の積み上げられた丘が出現した。
寄り添う形で立っていた三角形のビルは、秋の風に吹きさらされて寒々しげだ。

少し前、世界を震撼させた自爆テロと全く同じ光景だった。
ただ違っていたのは、死傷者が一人もいなかったこと、崩落が終り、静まり返った周辺地域から歓声が上がったことだ。

10数年前、世界各地で話題になった"Rapid Destruction"だ。
いまや周囲への環境の配慮からほとんど行なわれなくなった時代遅れのこの派手な解体工事の施主である新島二郎(36)は、連絡所から双眼鏡で無事作業終了を確認すると、ほっとした表情を浮かべた。
「やれやれ、なんとか予定の期日に間に合ったか....」

本来なら、世間の耳目を集めるこんな方法は取りたくなかった。だが最後で元の持ち主の商社との交渉に手間取り、この工法を取らざるをえなかったのだ。どうしても動かせないタイムリミットまであとわずか9日だった。

新島はスタッフと握手を交わしながら思った。
”あのオヤジ、どこをほっつき歩いてるんだ....?”・・・・

・・・・新島がそのビルオーナーになったのは、決して彼の力量によるものではない。

新島がその「オヤジ」新庄に会ったのは、新宿のマンションの一室にある隠れ家のようなカフェだった。
酒の飲めない新島でも、ゆったりとした椅子と、静かな雰囲気を味わえる夜の店が嫌いなわけではない。「凡」はそんな新島の肌に合う店だった。

いつものようにお気に入りの柿衛門のカップで温めたダッヂを口にしながら、バーテンダーと取り留めもない話をしているところへ、新庄が現われた。

「こんばんは」
「おう。客がいるのか。珍しいな」
「ひどいですねぇ....」
「こちとらいつ潰れるか心配でさ。ロワイヤルね」
「かしこまりました。コーヒー入りですね」
「.....一言多いんだよ」

新庄は新島の方を見ると言った。
「面白そうな男だな」
「僕のどこが面白いのかわからないですが、只のサラリーマンですよ」
「うん、君なら任せそうだ」
「....また始まった」バーテンダーが肩をすくめた。
「今度は本気さ、なあ、あんた....なんてったっけ?」
「....新島です。新島二郎」
「名前はつまんねえんだな....まあいい。新島君、俺のビルが欲しくないか?」
「....欲しくないといえば嘘になりますが....欲しいといったらくれるのですか」
「ああ」
「新島さんでしたか、新庄さんの言う事は話半分に聞いといた方が...」
「黙ってろって」
口を挟んだバーテンダーの鼻先に形ばかりのパンチをブチ込んでおいて、新庄は続けた。
「どうだい?おれはマジだぜ」

地価が天井知らず、世間はうなる金を惜しげもなくつぎ込む人々で溢れ、それに乗じようと得体の知れないプランナーが跋扈し、TVは土地関連の会社のCMで埋め尽くされている狂乱の時代だ。何があってもおかしくない。....新島は興味を覚えた。

「面白そうな話ですね.....どこのビルなんですか」
「西新宿のSビルとMビルだ」
「.....!」
新島は驚いた。某大企業の名前が冠されたそのビルが個人の所有物だったのか...

「驚くのも無理はないな。あそこは元々あの商社が建てたんだが、色々あってな。結局商社は所有権を放棄し、店子とオレとで所有組合みたいなものを作ってるんだ。オレはその組合の証券の97%を所有してるというわけさ」

.....新島はようやく返す言葉を見つけた。
「でも不動産の管理となると結構いろいろ忙しいんじゃないですか?今の仕事も手放せないところなんで....」

「いや、管理そのものは管理会社に任せてあるから、運営そのものはそちらに任しておけばいい。土地・建物いずれもオレ名義の証券をあんた名義にして、あんたを管理会社の筆頭株主にするつもりだ。ただし...」
「ただ?」
「現状から両方とも少しずつ店子を減らしていって、15年後にはMビルの方を取り壊すつもりだ。その辺の交渉はあんたにやってもらうつもりだが」
「....?」
思わず新島は首をかしげた。
経済にはあまり詳しくない新島だが、都心の一等地にある超高層ビルがどれほどの経済的価値を持つかは彼にもわかる。ましてや優良不動産の価格は天井知らずだ。それをいともあっさり「壊す」という....
「どうも話が見えないんですが.....壊して後はどうするんです?」
「その後を見てみたいと思わないか?オレの話に乗ってくれれば見せてやるぜ」
「....」
新島は考え込んだ。
傍目から見ていたとすれば、どんなに好意的に見ても与太話としか思えない。だが新庄の淡々と話す雰囲気からは、嘘をついている感じは伝わってこない。あるいはそれほど天才的な詐欺師なのか、それとも神の領域に達した誇大妄想狂か....

だが、しばらくの後新島は答えた。
「見せてもらいましょう。その後を」
新庄はニヤッと笑って、コーヒー入りのブランデーが入ったカップを新島に掲げた。・・・・

....その130へ続く(息抜き手抜きで次回へ)