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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その124

「....新郎は、昭和52年12月23日に、東京世田谷区尾山台の雅久・淑子夫妻の長男としてこの世に生を受けました。幼少の頃は、それはやんちゃな子供だったとは、御両親共におっしゃる所です。昭和59年、尾山台小学校に入学し....」

”やれやれ、またか....”
最近はいつもこうだ。披露宴というと新郎新婦のプロフィールをビデオで見せたがる輩が多い。誰が他人の生い立ちなど見たいものか....
弓削満夫(25)は肩に担いだ業務用のベータカムを降ろしながら密かに毒づいた。このくだらない時間にメリットがあるとすれば、弓削がしばらくの間くだらないビデオ撮影をせずに休めるということだ。

ビデオはごていねいにも、海外で挙げた結婚式の模様も映している。
そろそろ会場も飽きたのか、ざわめきが大きくなってきた。
終りかなと画面にふと目を戻した弓削.....「あ、あれっ?」

どうやら複数のカメラで撮っていたと思しきそのビデオの画面に、別のカメラマンが映った。・・・・

・・・・御色直しのあとのケーキカット、何やら呆然としたような弓削が、慌ててカメラを構え直す。
その姿を、会場の隅から捉える別のカメラが有った。

「・・・・ごらんのように、当社は最高性能の器材を使用し、プロのスタッフが迅速に構成をいたします。お客様の大切な日の思い出を長く残すためにも、当社を御採用頂ければと思います」
山下は某一流ホテルスタッフを前に熱っぽくプレゼンを行いながら、気分はすっかり醒めていた。
「どうせどこも似たり寄ったり、後は裏だろうな......どうせうちみたいな弱小は割り込めないだろうし」
そんな山下の姿を、天井から捉える電子の眼があった。

「本村隊員、ケース1だ」
「了解。ダミー突入します」
画面に映った会議室と思われる部屋に、突如覆面の男が乱入する。
プロジェクタを横に何やら喋っていた男にナイフが突き付けられる。
その瞬間、部屋の照明が落ちた。
隊員が部屋に雪崩れ込む。全員スターライトスコープを装着していた。
ナイフ男は隊員に飛び掛かられ、床にねじ伏せられる。
「....何秒かかった?」
「制圧まで9.6秒です」
「人質の咽喉が開くには十分な時間だな。もう一度だ!」
隊長に言われた本村は、「やれやれ....」と思いながらマイクに顔を近づけた。CRTの上方には小型のCCDが装着してある。

「カァーット!なんだなんだ今のは!....もっとやる気のない顔できないのか?」
監督が怒鳴った。
”またかよ....”
CCDの捉えた画像をモニタで見ていたカメラマンがうんざりした顔をした。
こんな売れもしないVシネマごときに、何を熱くなってんだ、あのオッサンは.....?
「休憩だ休憩!!シナリオ練り直すぞ!!おいAD!!」

監督が席を蹴って退出した後、カメラマンは缶コーヒーを片手にタバコを吹かした。
そういえば、この撮影が終ったら海外ロケの仕事が入っているらしいと会社で聞いた。
「どんな仕事かなぁ....グラドルとかの撮影だったら、テキトーに済ませて後はその女をオトして....」
暗いスタジオの隅で、ひとりほくそえんだ。

旅行会社のパンフレットをそのままコピーしたようなチャペルの門から、新郎新婦が出てきた。
ライスシャワーはごく近しい身内、そして金で呼んだ近所の沢山のサクラ達だ。
「仕事ってこれかよ....」
弓削はカメラを向けながら、太平洋のど真ん中の暑い陽射しにうんざりしていた。
「おい!そっち!ワクに入るなよ!!」
反対側から撮影していたカメラマンが、目で怒鳴った。

「知るかよ。どうせ誰も見てないビデオなんか....」


....その125へ続く(ドレス踏んづけたウチのヨメはん)