短期集中連載(笑)
−この物語は、フィクションである−
「これなら、俺でも作れるな......」 村田利洋(27)はつぶやいた。 妻の第2子出産が目前に迫ったある日曜日、村田は妻と、もうじきお兄ちゃんになる長男と共に、育児用具を買うために表参道の『クレヨンハウス』に来ていた。 ひととおり買物を済ませておもちゃ売り場を眺めていると、その中によく見る「ぽっとんころころ」があった。 ジグザグスロープの片側に穴が空いていて、上からビー玉をころがすと穴から下に落ちて反対へ転がり、また穴から落ちて....というあれである。 値段は....9800円。 きちんとした造りだから納得できない値段ではないし、手が出ないとは言わないまでも、子供のオモチャとしては高額な方だ。 眺める村田の頭の中で、設計図が描かれていった。 2日後、妻が入院し長男が寝静まった夜中に、近くのDIY店で買ってきた木材を加工し、現寸合わせで強引に組みながら、なんとか同じ形のものができた。村田にとっては初めての設計図起こしの木工作品だったが、それにしてはウマクできた方かもしれない。 翌日起きてきた長男に見せ、遊び方を説明した。 最初は不思議そうな顔をしていたが、次第に夢中になって「ぽっとぉ、こおこお」などといいながら遊んでいる。どうやら気に入ったらしい。 そのうち何を思ったか、長男はそれを窓際に持っていき、また作業を開始した。 秋の陽射しを反射しながら転がり落ちるビー玉が綺麗だ。 だが、そのうちの一個が路線を飛び出し、窓枠を飛び越えて一階のひさしを転がり落ちた。 「ああっ、おちてるー」 長男の声に、村田が窓から顔を出してビー玉の行方を追おうとしたその時、電話のベルが鳴った。 病院で妻に付き添っている義母からだった。 「陣痛の間隔が狭まってるって。もうじきみたいよ」 長男を連れて急いで家を出た村田は、ついビー玉のことを失念した。・・・・ ・・・・2階から落ちたビー玉は、隣の芝生の上に転がった。 空から見ていたカラスが急降下して、それを拾った。 近くの駅のネグラまで飛んだカラスは、うっかりビー玉を落した。 下で昼寝をしていた犬の背中にビー玉が落ちた。 びっくりした犬が駆けだし、ピラカンサの木に突っ込んだ。 たわわに実をつけた枝が折れ、切り通しの下の駅に落ちた。 丁度通りかかった電車のパンタグラフに引っ掛かり、枝は2つに折れて飛ばされ両側のホームに落ちた。・・・・ |
|
・・・・下りホームに落ちた実付きの枝を、男の子が拾って電車に乗った。 2つ目の駅で降りようとした時、転んだ男の子が枝を落とした。 たまたま目の前を通った男が、実を踏み潰した。 男の子が大声で泣き出す。 あやそうとかがんだお母さんのカバンから、口紅が落ちた。 それをまた別の人が踏み、勢いでキャップが飛んだ。 飛んだキャップはホームを飛び出し、駅前を通る車の窓に当たった。 ミラーをこすったと勘違いしたドライバーが、対向車と口喧嘩をする。 怒りのおさまらないドライバーは、ハザードをつけたまま駐車した。 ドライバーはそれに気づかず、取引先での打ち合せで車を離れた。 3時間後、用を済ませて帰ってきたドライバーは、バッテリーが死んでいることに気づいた。 直結ブーストしようとして、うっかりウォッシャー液タンクを傷つける。 近所でチャージを済ませ走り去る車から液漏れ、道にラインが引かれる。 学校帰りの小学生が、面白がってラインの上を歩く。 バランスを崩し、自販機前でコーラを開けようとした人の背中を押す。 思わずよろけた人が缶を自販機にぶつけ、潰れた缶からコーラが吹き出す。 コーラでびしょぬれになった人が、目の前の病院のトイレに駆込む。 シャツを1枚脱ぎ、顔を洗ううちに洗面台に置いた時計を忘れる。 時計を見つけた掃除のおばさんが、そのクロノグラフを持って事務へ向かう。 おりしもセットされた時刻になり、クロノグラフが音を立てて震える。 びっくりしたおばさんは、思わずクロノグラフを放り出した。 クロノグラフは飛んで、処置室の入り口のガラスに激突した。 ガラスが音を立てて割れ.....中で分娩中の村田の妻がドキッとしたその瞬間.... |
・・・・上りホームで待っていた婦人が、実のついた枝を拾った。 婦人は手持ちの花束に差して、上り列車に乗った。 新横浜駅で降りた婦人の花束から、実が数粒こぼれた。 線路に落ちた実を啄ばみに、小鳥が降りてきた。 横浜線ホーム下に住むタヌキの子供が、小鳥にちょっかいを出しに来た。 ホームで待つ女子高生が、「きゃーっ可愛い!」と歓声を上げる。 売店で買物中のおばさんに、覗きにいった女子高生のカバンがぶつかった。 ムカついたおばさんは、うっかりお釣りを貰い忘れる。 売店嬢がおばさんを追いかけた。 売店嬢が新幹線入り口で段差につまづき、ヒールが取れる。 取れたヒールは群衆に蹴飛ばされ、ホームへの階段を転がり落ちた。 階段を歩いていた人が「危ない!」と下へ声をかける。 それに気づいたホームのOLがよけようと腰をかがめた。 その時OLのペンダントが手すりにひっかかり、線路へと跳ね飛んだ。 丁度入線した下り新幹線の車輪に巻き付く。 発車と同時に、猛烈に回転するペンダント。 回転したまま2時間半が経った。 米原手前のトンネルに入る直前、遠心力に負けて下の道に飛ばされた。 道を通過中のトラックのワイパーに引っかかる。 ドライバーが気づき、信号待ちでペンダントを外した。 材質疲労を起こしたチェーンが切れ、ペンダントトップが路上に落ちる。 そこをたまたま通りかかった車にひかれ、近くの店へと飛んだ。 それが赤外線に捉えられ、店のチャイムが鳴る。 「おいでやすー」店のオバちゃんが出てくるが、誰もいない。 「おかしいなぁ....」訝しげに首をひねるオバちゃん。 ふとオバちゃんは予感を覚えて、電話を手に取った..... |
「はぁい....良く頑張りましたね.....おめでとうございます」 妻に付き添った村田が、担当医に礼を言おうとすると、スイッチを切り忘れた携帯が鳴った。 慌てて廊下に出た村田が電話に出ると...... 「おまん、ひょっとして生れたんとちゃう?!」 息せき切った、村田の母だった。 「!.....なんでわかったん?!」 |