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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その109

「あれぇ、油がない....おーい、油はどこ?」
「流しの下に入ってるはずだけど....」
「ないから聞いてるんだよ!....もうないの?!」
「そんな怒鳴らなくてもいいじゃない....奥の缶には入ってないの?」
「ねえパパぁーまだぁ〜?」
「ちょっと待ってなさい!!今作ってるんだから!」
「ほらパパの邪魔になるから、こっちへいらっしゃい」
「誰も邪魔だなんて言ってないよ!」
「うえーんパパが怒った〜」
「おまえが余計なことをいうから....」
「何よ、あなたのために言ったのに....」
....まただ。どうしてこうなってしまうのだろう。

広田修三(32)は、自慢のコロッケにパン粉をまぶしながら鬱陶しい気分になっていた。
以前、たまたま挑戦してみたコロッケを、子供がとても美味しそうにムシャムシャと食べたのだ。以来広田は休日に、気が向くと夕食にコロッケを作るようになった。

....それはいいのだが、あるときから作っている最中に、妙にイライラとした気分になってしまうようになった。カミサンは「疲れているならやんなくていいのよ」と気遣ってくれるが、やろうと思うからにはそんなに体調が悪いわけではないのだ。ただ作っているうちに、なにやらおかしな気分になってきてしまうのだ。

それでも今日は何とか作り終えて、待ちかねた子供達と20個作ったのを全部平らげた。
腹の皮が突っ張ると、とげとげしくなった気分もすっかり和らぐ。
「・・・・さっきはゴメンね。なんかいつも急に」
「ううん、こっちこそ。やっぱり疲れてたんじゃないの?」
「いやぁ、そんなことはないんだけど....ソラニン(*註)にでも中ったのかな」
「まさか」
そんなことはありえないとわかっていても、なにやら釈然としない広田であった。....

・・・・皆がすっかり寝静まった深夜である。
「マチュピチュの空は....?」
「....モスクワへとつながる」
「ようこそ、同志」
「さて、集まったところで始めよう」
「その前に、やっておきたいことがあるのだが」
「何だ、同志ゲバラ?」
「今日、革命の尊い犠牲となって散華した、同志カルロスと同志ホセに黙祷を....」
「そうだった。全員起立」
「同志カルロスと同志ホセ、2人の魂に栄光あれ、圧政者に死を!」
「圧政者に死を!」
「・・・全員直れ」
「ところでだ、同志トロツキー」
「何だ、同志スターリン」
「私は今のやり方に正直言って疑問を持っているのだ」
「どういうことだ?同志」
「我らが能力を以って圧政者の意識を混乱に陥れ、内部分裂を誘う....それはいい。だが分裂によって彼らの増殖を抑制し、勢力を弱めるという方針はいかがなものか」
「・・・すると同志スターリンはどうすべきだと考えるのだ?」
「現在われわれの同志は世界中に散らばりすぎている。中には光線で去勢されて革命の意思をなくし、圧政者の家畜と堕した輩もいると聞く。われわれは一度戦線を縮小し、戦力を集中して一気に圧政者の壊滅を図るべきではないかと思うのだ」
「しかしそれでは彼らの警戒心を刺激し、二極分裂世界を促すだけではないか。世界革命は我々の既定の方針だ。曲げるわけにはいかん」
「実現できない革命は空想的だ。この際言わせて貰おう。同志トロツキーは偉大なる預言者マルクスの意思を捻じ曲げる修正主義者だ」
「貴様ぁ、言うに事欠いてなんということを....!」
「修正主義者は革命の大義に基づいて粛清させてもらう。同志よ、立ち上がれ!」
「な、何をするか、きさまらぁっ!!」
「・・・・ちょっと待ちたまえ、同志」
「同志マオ、貴方も革命に刃向かうか?!」
「そうではない、私も一国革命には賛成だ。だが同志スターリン、貴方のやりようは粗暴に過ぎる」
「何を言う同志、革命には流血がつきものだ」
「そうではない、社会の変革、ついては文化の変革こそが革命だ」
「・・・・貴様・・・・社会の上部構造を礼賛するかぁっ!!」
「・・・同志、スターリン!!」
「・・・・なんだ同志ゲバラ?!今忙しいのだ!!」
「大変だ、圧政者の手が・・・・」....

....「さてと・・・あらっ、この辺のはもう芽がでてるわね...この4つは早く使っちゃわないと」
翌日の朝、広田の妻レミ(28)は馬鈴薯が入った箱の中から緑がかってきた古い塊をつかむと、包丁を入れて芽を取り、ワカメと一緒に味噌汁の具にしようと煮立ったなべに入れた。

・・・・革命は、あえなく頓挫した。



*ソラニン グルコアルカロイド系の有毒物質。発芽した馬鈴薯の芽の部分に多く含まれる。中毒症状は下痢・嘔吐などの消化器症状。中毒を発現するために一度に摂取する量は、含有量・品種によって大きく異なるが、よく市場に流通される「メークイン」でおよそ2.5kgといわれている。



....その110へ続く(アンデスには今でも野生種があるらしい)