変な話Indexへ戻る

短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その107

”まだ見ぬ私の息子の雅生へ

あなたがこの手紙を読んでいるという事は、無事成長してくれたということで、とても嬉しく思います。それに、これからあなたを1人っきり残していくであろう私を許してくれたということも....
あなたはどんな人になっているのかしら?屈強なマッチョマン?それともシャープな学究肌?母さんとしては後の方が好みですね。それに私と同じ道を目指してくれたなら....
でもそんなあなたの姿を、母さんは想像するしかないようです。それももうあとほんのわずかの時間だけ....いまではこうしてペンを持つのも、今日が何日であるかを思い出すのも難しいほどになってしまいました。
神門の、あの文をあなたは読んだでしょうか?「往還ニ並ビ立チ無シ若シ之破ラレレバ其ノ一ハ将ニ無ク往還能ワザルベシ」・・・・どうやら母さんは、自分がすでに存在する時空に向けて『往還』してしまったようです。
でも、それも全て覚悟の上。
全ては雅生さん、そう、あなたと同じ名前の、あなたのお父さんにもう一度逢うために....

あの日私は雅生さんと一緒に、最終次励起試験の被験者になる予定だった。でも、お腹の中のあなたを心配した雅生さんは、私を置いて一人で行ってしまった....そして、予定を過ぎても戻ってこなかったの。

私は必死で、雅生さんが「どこ」へいったのかを調べた。そしてその数値を割り出したけど、すでに研究所内の施設は警察に封鎖されて立ち入れなかったわ。それで、ここ尾山神社の神門を使って、雅生さんの元へ旅立つことにしたのです。

神門の構造物の操作方法は分かっていました。だって、研究所の励起システムがそのままあの構造物の理論的コピーなのだから。私の調べたところでは、あのオーバーテクノロジーを明治の時代に実現した今崎吉郎という人物も、「かの」世界からの旅人だったようですね。
でもあの時代に決定的に不足していたものがあった。それが電力だったのね。
今崎が考えたのは、空電の利用だった。それで、雷の多いこの地を選んだらしいわ....そして私はその装置を使って雅生さんが残した数値上の形跡が示すままに「往還」を試みたのです。

だけど、雅生さんを探し当てるのは絶望的だった。だって空電の不安定な電力供給では、「かの」時刻位置と空間位置、いずれかは絞り込めても、もう一方は大きなブレが生じてしまうんですもの。そうしているうちに予想していたこととはいえ、あの文言が示す「同一の意識体は同一時空に存在できない」という法則のとおりに私の肉体の一部がぼやけ、意識の欠落が始まった時の恐怖と孤独といったら....
でも、そんな私を救ってくれたのが、雅生、あなただったの。わたしを、もう一人の私とは決定的に違う存在にしている要素....私はあなたをお腹の中で育んだけど、あなたがお腹の中で大きくなるにつれて、私の「ここ」での存在も確かなものになっていった......あなたこそが私を「この場所」に繋ぎ止めていてくれた存在だったのよ....でももうそれも間もなく終り....あなたは私の元を離れてひとり歩きを始め、そして私は時空の法則の彼方に消えていく....

さようなら、そしてこんにちは。

雅生さんに逢えなかったのは残念だけど、それでもあなたと共に生きた「ここ」での9ヶ月間はとても幸せでした。
月並みだけど、あなたの人生が希望多きものでありますように。

1978/11/13 舞子



追伸 私がこの世界に生きた証しとして、あなたと、そしてこの論文を残しておきます。あなたがこれを読んでくれたら嬉しいな.....”

・・・・手紙を読み終えた雅生は、封筒に入っていた書類の束をながめた。
「加速粒子近傍空間における時空連続体穿孔技術の基礎考察」と題したその論文は、雅生の研究の延長線上にあるものだったが、その技術が試験段階にまで達していたとなると、現在の物理学のレベルから数十年、いや数百年先の革新的技術を母たちのグループは実現していたことになる。同じ研究者としては驚くに値する論文だ。だが....
「母さん....」
しばらくの間手紙を握り締めたまま、雅生は動けなかった。

また、遠くで雷の音が聞える。
ようやく立ち上った雅生は、雪見障子を開けて、再び曇り空に翳る街を眺めた。
不思議と、涙は出てこなかった。
ただ、母が確かにそこにいたのだという実感だけが、雅生の心を満たしていた。....

....バスは桜が咲き誇る石川門と兼六園の間を抜けて兼六坂を登り、小立野通りを走っていた。柔らかな光が、ようやく北国の遅い春の到来を告げているようだ。
古町雅生(25)は「工学部前」でバスを降り、目の前の建物の門を目指した。
自分が決めていた就職先を蹴り、この街の大学で博士課程に進む決意をしたことを両親に話した時、「勝手なやつだな」と苦笑しながら、彼らは許してくれた。
またスネかじりの身になるが、それもあと2、3年のことだろう。母の残した論文、あの研究成果を実現したら、そのあかつきには....

「工学部附属電磁場制御実験施設・高電圧物理研究所」と書かれた研究棟の最奥部に、目指す研究室があった。
ドアをノックして中に入ると、空電研究の世界的権威である珠洲教授が気さくな表情で彼を迎えた。
「やあ、ようこそ」
「こんにちは。今日からお世話になります」
「待ってましたよ。君のことは修士論文を拝見して以来注目していました。プラズマ関係のスペシャリストはうちとしても大歓迎です。即戦力として期待していますよ」
「おそれ入ります」
「そうだ、紹介しておこう。こちらも今日から助手としてここに配属になった...」

データシミュレート用端末に向っていた顔がこちらを向いて、涼やかに微笑んだ。

「はじめまして、宝生舞子です。よろしくおねがいします」....



....その108へ続く(And the time goes around...)