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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その104

旭町行きのバスを小将町で降りると、古町雅生(24)は時代遅れのカフェバーを横目に脇道に入り、細い路地の入り組む住宅街へと歩をすすめた。
「わかりにくいなぁ....」
手元にあるメモと電柱の番地プレートを見比べながら、何度も雅生はぼやいた。
戦災を逃れたその街は、城下町であった頃の複雑な区画をそのまま残している。地元のドライバーでさえ、ちょくちょく「一方通行地獄」にハマってしまうほどの難解な道である。
ようやく目的の場所近くまで来たのに、雅生はなかなかそこにたどり着けない。

そうこうするうちに、先ほどまで晴れていた空がいつのまにかかき曇り、冷たい大粒の雨が落ちてきた。
かすかに遠雷の響きも聞えてくる。この地方でいう「雪おこし」だ。

あわてて雅生は「めし 八来」とかかれた暖簾の食堂に駆込んだ。.....

....雅生には、生みの親がいない。
つい最近まで、里親の古町夫妻にはそう聞いていた。彼の母親は彼が生れると間もなく、事故でこの世を去ったらしい。父は・・・・父親のことは彼らも何も知らないそうだ。
古町夫妻はいい人だったし、生みの親といっても顔も見たことが無いので、雅生にとっては想像の外の存在だった。
それが少しく変化したのは、戸籍謄本を取りにいった時だった。

雅生は、今年理学部理論物理学研究科の修士課程を修了する。高電圧下のプラズマ粒子周囲の空間状態を考察した彼の論文は、投稿した海外の学術誌においても高い評価を得ていた。
古町夫妻は、博士過程に進むよう薦めてくれたが、雅生は修士終了と同時に就職することを決めた。日本最高の学府で修士まで学ばせてもらったのだから、もう十分だ。
その就職先から戸籍を提出するように言われた雅生は、市役所で発行してもらった謄本をみた。

それには過去の附票がついており、彼の出生当時の記録が残っていたのだ。

名前 古町雅生
(1978・11・15宝生雅生より改姓)
出生年月日 1978・11・14
宝生舞子
本籍 石川県金沢市小将町▽丁目XX番xx号雨宮方
東京都文京区本郷XX丁目xx番○◎号
(1978・11・15転籍)

・・・・雅生は初めて、自分の母の名前と、自分が生れた時の名前を知った。
それにしても、なんとなく違和感のある記録である。父の記録がない....これはまだわかるとしても、出生後1日で転籍とはどういうことだろうか?生れてすぐに里子に出される場合は、里親の嫡出子として入籍するのが普通と聞くが.....

”ひょっとしたら、かあさんはまだ生きているんじゃないだろうか?”

理由もなく雅生はそう思った。
そして、一度その人に会ってみたくなった。「せめて一目だけでも....」というような湿っぽい感情はなかった。ただ、自分をこの世に送り出した人がどんな人なのか見てみたいという興味があったのだ。

両親にそのことを告げると、父の泰生は重々しくうなずいて言った。
「いずれはこの日が来ると思っていたよ。母さん、あれを持ってきてくれ」
「はい」
母の美佐子が奥の間の箪笥から、一つの古びた封筒を持ってきた。
「もう知っていると思うが、お前の本当の母は宝生舞子という人だ」
「ええ、そのようですね」
「だがそのことに関して、お前に嘘をついていたことを謝らねばならん」
「どういうことですか?」
「舞子さんは」泰生は彼の母に敬称をつけて言った。「事故で死んだ....とお前には教えていたが、実はそうではないのだ。舞子さんはお前を産み落とすと同時に、姿を消してしまったのだ」
「・・・?!・・・どういうことですか?!」雅生は驚いて両親を見た。
「私たちと舞子さんが出会ったのは、この家の近くの裏路地だ。あの子はそこで気を失って倒れていた....特に身体に問題は無かったのだが、気がついてからもしばらく記憶が戻らない様子だった。すでにその時には雅生、お前がお腹の中にいたわけだが」
「・・・・」
「お腹が目立つようになってからの舞子さんは、お前が生まれてくるのをそれは心待ちにしている様子だった。だが、ふと何かを思い出したようにひどくふさぎ込むことが時々あった。そして時々誰にも何も告げず、ふっと居なくなっては数日後に帰ってくるということが何度かあった。何ゆえ彼女がふさぎこむのか、そしてどこに行っていたのかはついに話してくれなかった」
雅生は黙って泰生の驚くべき話に耳を傾けていた。
「陣痛が始まって入院した舞子さんは、看護婦が止めるのも聞かずになにやら一心不乱に手紙を書いていたようだった。そして陣痛の間隔が短くなりはじめた頃に私たちを呼んで、その手紙を投函するように頼んだ後でこれを手渡したのだ」
泰生は手の中の封筒を雅生に渡した。
「中を見てもいいですか」
「もちろん。舞子さんはお前にそれを見てもらおうと私達に託したのではないかと思うのだ」
雅生は封筒の中をみた。
そこには封筒同様に古びた手帳と、一枚の名刺が入っていた。
名刺には、
USFL
産学共同体
超高圧空電空間研究所
Ultra Hi-voltage Static Field Lab.
   研究員    宝生舞子

m-houshou@kanazawa.ac.jp
金沢市小立野2-40-20
076-2xx-xxxx


と記されていた。研究所の名称からして、雅生と同じような方面の研究をしていたと思われる。そういえばかの地では、落雷防止のための研究が世界的にも有名である。
手帳のほうには、舞子の研究スケジュールと思われるものが書かれていた。
7/10 空電励起装置第一次試験
7/15 尾山神社調査
7/21 励起システム制御ソフト最終打ち合わせ
8/5 宝生流家元・九谷焼窯元と懇談
8/20〜9/5 尾山神社調査

「・・・・?」
思わず雅生は首をかしげた。強電研究の最先端だったと思われる研究所の所員が、神社の調査や伝統芸術家との懇談など、一見何のつながりもない作業にかなりの時間的リソースを割いている。ただの趣味とも思えないが....メモはさらに続いた。
9/20 県警立入
10/5 行方依然不明、あの可能性?(明日調査予定)
10/6 確信。パラメーターもほぼ確定
10/20 明日の予報よし。決行予定。あの人は....

・・・・メモはそこで途切れていた。

雅生の疑問はさらに深まった。
警察の介入を招いたということは、何らかの事件があったということだろうか。だが結局、舞子が何をしようとしていたか、そして何をしたのかはこのメモからはさっぱりわからない。・・・・

「・・・・お前の母さんは」泰生の声が聞こえた。「舞子さんは出産直前に、分娩室へ連れて行こうとする看護婦に『1分だけ一人にしてください』と無理を言ったらしい。あまりに真剣な彼女の表情に、舞子さんをひとり待機室に残して廊下に出た看護婦さんが、お前の泣き声に気づいて慌てて部屋に飛び込むと、へその緒をつけたままのお前が一人で泣いていたそうだ。舞子さんの姿は影も形もなかったらしい。しかし待機室は病院の5Fにあって、ドア以外の場所からは外に出ることも不可能で、まさに煙のように消えてしまったということなのだ。以来舞子さんは、私達の前に姿を見せていない」
「・・・・僕は」やっとの思いで雅生は喉から声を絞り出した。「僕は、かあさんに捨てられたのでしょうか?」
「....そんなことはない....と、私は今でも信じている。お前が生まれる前、男の子とわかったときの彼女の喜びようといったらなかった。そして『雅生』と言う名前はずっと前から決めていたのだと、とても幸せそうに話してくれたのを今でも覚えている。どういう経緯があったのかはわからないが、そんな舞子さんがお前を捨てて行ってしまったとは、どうしても私には思えないのだ。お前が取り寄せた戸籍、あれも舞子さんが記録という形でお前のそばにいつまでも残るように、あえて附票をつけてもらっていたのだ」
「そうですね・・・・」今は、泰生の言葉を信じるしかない....そう雅生は思った。それにしても....
「一度あの街へ行ってみなくてはならないですね」
雅生は泰生にそう言った。
「私もそうするべきだと思う。今となってははっきりと思い出せないが、彼女が最後に託した手紙は、やはり金沢の誰かに当てた手紙だったように思う」
「わかりました」
それは彼の過去を尋ねる旅になるはずだった。....



....その105へ続く(酒屋の自販機にグーテンバーガー)