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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その103

厳しかった残暑もようやく一区切りついた。職住接近のこの建屋は便利で良いが、こう風通しがよいと朝晩は厚手の布団なしでは少しつらい今日このごろである。

今年もまもなく本店会議の季節がやってくる。「総合情報産業」のこの企業としては年に1度の大イベントである。都心のど真ん中に細々と営業中の出張所から、地方の山村にある大支店まで、全ての運営主任が本店と第一支店のあるこの地にやってくるのだ。

それはいいのだが、第一支店運営主任のDとしては憂鬱である。
全ての支店のトップに立つ第一支店の営業成績が、近年思わしくないのだ。

第一支店取扱いの主力商品は「アタッチメント」である。
かつては安価な料金と高い達成率を誇り、多くのユーザーの支持を得ていた。いまでもユーザー数は相変らず多いのだが、その達成率に翳りが見えているのだ。

Dは部下に、原因の調査を命じた。昨日その戦略会議が行なわれたばかりである。
多かった意見は次の2つである。
「ユーザーの嗜好が変化しているのではないでしょうか?我々の商品もインターフェイス部にファッション性を取り入れるべきだと思いますが」
・・・たしかにそれは言えなくもない。だがこの産業は結果至上なのである。インターフェースを変えれば母数は増えるかもしれないが、率の向上に繋がるかどうかは疑問である。それにこのインターフェースだからこそ顧客をつかめるという部分もおおきい。
「民間企業の台頭でしょう。我々よりも近代的なシステムを標榜しています。事実に反するのですが、宣伝効果というのは無視できませんし」
・・・民間企業はまだまだ利用料金も高く、また社会的認知度も低い。「アタッチメントの達成パーティー」で事実公表を躊躇うユーザーも多いとのことだ。まだ真の意味での脅威とはなり得ていないと思われる。

・・・・結局結論が出ないまま、今日も営業開始の時間を迎えた。
「おはようございます」「おはようございます」社員が出勤してきた。
「おはよう、さっそくだが各支店から利用ユーザーのデータが届いている筈だ。データテーブルへのアタッチ準備はできているかね?」
「はい、昨日営業終了後にやっておきました。あとは解析プログラムをはしらせるだけです」
「ごくろうさん。それでははじめようか、アタッチメントデバイス部はどうだ?」
「昨日エレメントの交換に業者が来ていました。照射効率20%増の新型AlGaInP系半導体レーザー素子が入っています」
「ん?その作業予定は聞いてないが.....?」Dは首をかしげた。
「それが昨日外出されている間に本社から連絡が来まして、昨日急に決まったそうで・・・あ、当日ご利用のユーザー様、おみえになりましたが....どうします?」
「・・・・まあいい、作業と平行して動作確認だ。私が見てこよう」
「お願いします、あ、これがデバイスドライバのディスクです」
社員の一人がDにCD-ROMを手渡した。

アタッチメントデバイス部に着いたDは、超高電圧ケーブルの合間を縫って、床下から地上へ無数の本数のレーザーを照射している巨大なエレメントに近づいた。制御ソフトが走っているFA用コンピュータの画面上をログが流れていく。ログを見る限りは正常に動作しているようだ・・・・・・ん?

Dの目は、制御ソフト画面右下のCopyrightクレジットに釘付けになった。

"Programed by 持明院ソフトウェアシステム開発部
 Prod.ID-XXX-xxxxxx Copyright all reserved"
「・・・・やられた」Dは天を仰いだ。予定にないデバイス変更はそういうことだったのか・・・
この会社は「アタッチメント」とともに、Dの会社と相反する「デタッチメント」のシステム開発をも主力商品とするまだ創業数百年の新興ベンチャー企業だ。
DはデバイスドライバCD-ROMをコンピュータに挿し、中のreadme.txtを読んだ。



アタッチメントデバイス制御プログラム Ver.2

0 はじめに
この制御プログラムは、次のような特徴があります
※新型アタッチメントシステム「RedStringHYPER」に対応しています
※ユーザー数の増大に伴うシステム飽和を防止するため、分散処理に対応しています
※不適当なアタッチメントを補償するための当社独自の「デタッチメント」制御コードをインプリメントしています(*注)

*デタッチメント制御コードはオプション機能として御社システム部の同意の元にインプリメントされています
1 インストール方法
・・・・

「・・・・やれやれ、上の意向か・・・」
そういえば最近ユーザーの側で、最良のアタッチメントを選択したにもかかわらず、それを認識する以前に「厭きた」とか「ムカつく」とか意味不明の理由でデタッチメントを希望する輩が増えていると本社で問題になっていた。おそらく今回のシステム変更は、そうしたわがままなユーザーの声に対する「保険」みたいなものなのであろう。
「ユーザーの声、か・・・・」
何千年も続くこの会社の歴史の中で、そうしたユーザーは数多くいたが、その意向を運営方針に反映させた事はなかった。これも時代の流れというものか・・・・Dは地上に伸びていく幾スジもの光線を見やりながら苦笑した。・・・

・・・・玉砂利をよけて歩きながら、財前良美(29)は大きな鳥居をくぐった。こんなことならミュールでなくスニーカーで来ればよかった....良美はそう思った。
門の脇にはお土産物屋と蕎麦屋がくっついたいかにも「仲見世」といった風情のお店がある。さきほど願かけを済ませて、ちょうどお腹も空いてきたところだ。
「すみませーん」
良美はお店に入り、「出雲そば」を注文した。

美味くも不味くもないそばをすすっていると、背後から声がした。
「すみません、ちょっとお聞きしたいんですが....」
良美が振り返ると、涼しげな表情の若い男が立っていた。
”あ・・・・っ・・・”
良美の目に、男の旋毛当たりに突き立った赤い光線が見えた....様な気がした。
そして・・・・自分のアタマの中にも・・・
「は、はい....何ですか?」
返事をかえしながら、良美は素早く男を品定めした。
身長...170cm後半、まぁオーケー、お腹も出てないし。
着てるジャケットも趣味悪くないし、白いシャツが似合ってる....話し方も表情もイイカンジね....ちょっとカタそうだけど。「.....おっとと、用心用心」
良美は3年前にやっとの思いで別れた前カレのことを思い出した。典型的なギャンブルジャンキーの「だめんず」だった彼も、出会った時はさわやか系だった(ように良美には思えた。友達の意見は違ったようだが)。イレ込みも、運命を信じるのも、ほどほどにしとかなければ....
「あのー自分お参りに来たんですけど、なんか入り口がわかんなくって....大社の門ってどこですか?」
”目の前にあるじゃんっ”というツッコミをのみこんで、良美はニッコリ微笑みながら立ち上った。彼氏にするなら、ちょっとボーッとしてるくらいがいいかも知れない。
「あ、私も今お参りしてきたところなんですぅ。よかったらご案内しましょうか?」
「いいんですか?なんか悪いなぁ」
「全然平気。さ、いきましょうか」
良美は男と並んでお店を出た。

良美にとっては何本目かの赤い糸・・・・になるかも知れない。




....その104へ続く(大黒天と大黒様は元々別人)