短期集中連載(笑)![]()
−この物語は、フィクションである−
その100
....瞬間、鬼塚陽司(48)は位置感覚を失調して、意識の中でもがいた。
それは子供の頃に、足の着かないプールに飛び込んでパニックに陥った時の感じによく似ていた。
脳以外の体がサスペンド状態に入って動かなくなったため....ではない。
思念観測では増幅された自分の重力波が届く範囲の現象を、すべて五感でリアルに感じることが可能である。いうなれば、突然自分の体が500光年の大きさまで膨張したのと同じ状態になるのである。「居場所を見失う」のではなく、「自分が居場所そのものになる」とでもいえばいいのだろうか。システム試験中に何度も体験してはいたが、いまだに慣れる事ができない。
ようやく感覚を受容した鬼塚は、彼女達を「捜索」にかかった。とはいっても、あちらこちらを探して歩く....というよりは、「自分の身体のおかしな所をさぐる」というのに似ていた。しかもブロードキャストモードであるから、自分の身体に「お加減はいかがですか?」と聞いてまわっているような奇妙な感覚である。
あの連中のことだから、おそらくはバラバラに行動するのでなく、みんなで固まっているのだろう....鬼塚はそう思った。
そして鬼塚は、身体の先っちょの方にいくつかの凹んだところがあるのを発見した。按摩がいうところの「ツボ」を見つけたようなものだ。距離にして、地球からおよそ380光年、ガス雲に取り巻かれた散開星団の中であった。
鬼塚は彼女達と自分の固有重力波に対して、仮想イメージングシステムを介してそれぞれの姿を重ね合せた。これで同じサイコパスを共有する思念観測者同士、地上で生活しているのと同じようにお互いを見聞きできるようになる。
鬼塚の目(?)に、登録されていた彼女達の仮想イメージングが写った。アルシオンとマイアが白いレース編みのワンピースに麦藁帽子、ティゲータとケレーノがコバルトブルーとコーラルピンクのタンクトップとショートパンツ、そしてエレクトラとメローペがトロピカルカラーのTバックビキニだった。カリプソは....カリプソは....何も着ていない?!
”こ、こら!お前らーっ!!”中年の鬼塚は赤面しながら叫んだ。
”あらぁ?”エレクトラがふり返った。”なんだかウルサイのが来ちゃったよ、マイア....”
”もう遠足の時間は終りだ、さあ帰った帰った”
”やあねぇこれだからおじさんは....800年に一度のハイタイドが目の前に来てるっていうのに”メローペが言った。
確かにこの宙域は現在、星団の近傍を独立系星間物質からなる「反射星雲IC349」が横断し始めたところである。星団の中の恒星のひとつから吹き付ける恒星風によって、ガス雲は大きく吹きちぎられ、巨大な白い波涛のように輝いている。20世紀末から21世紀初頭にかけて地球で観察された(つまり当時から400年ほど前に発生した)現象が、800年の時を経て再現されようとしているのだ。
”馬鹿いってんじゃない、ハイタイドって言ってもオフショアだろ....それにもう日暮れて下手すると宿無しだ。わかってんのか?!”
”いいもーん”ティゲータが口を尖らせた。
ケレーノも横でうなずく。7人の中ではおとなしい子だ。
”私たちはここの住人になるのが合理的であるという結論に達しましたから”
”な、なんだとっ?!”
鬼塚は絶句した。
彼女達はこのような若くて活発に活動している、つまりは不安定な星団に居住可能な惑星でも発見したというのだろうか....いや、もしそうだとしても....そんなことを彼女達が興奮のあまり失念しているというのか....?
”こんな星団に住めるわけがないだろっ!それにおまえ達の体は....”
”重力研究の専門家とも思えないお言葉だわね....”ティゲータが笑って答えた。”重力波が質量を持つ物体の近傍で発生するだけでなく、その波が空間の特定の高次元構造と共鳴を起こして特異的に保存される事は、多次元物理学の世界ではすでに常識でしょ?”
”....?それはそうだが....それがどうした?”不可解な顔つきで鬼塚は問い返した。
ティゲータに代わって、7人のなかでは年長のアルシオンが鬼塚に答えた。
”私たちでディスカッションを重ねた結果、現在肉体を離れた私たちの思念重力波を半永久的に宇宙に拡散ないしは保存させておくことが可能であるとの結論に達しました”
”・・・・!”鬼塚はアルシオンの驚くべき発想に、咄嗟に返す言葉が見つからなかった。
”....特にこの散開星団は星間物質の集積状況からして、空間歪曲が私たちの思念重力波と極めて共鳴しやすい状態であると思われます。いわばここが私たちの新しい家になるのです。
チーフは私たちの肉体保存限界時間を心配して、ここまで来てくださったのでしょうが、そのリミットこそ私たちが待ちわびていた時刻なのです。肉体という入れ物に囚われず、私たちの意識をこの世界に永遠に残すチャンスなのです....”
”君らは....君らは自分の言ってる事がわかっているのか?!肉体を失うという事は....”
ようやく彼女達の考えをのみこんだ鬼塚だったが、自分の中のもう一人の自分がそれを拒否するべく抵抗を続けていた。
鬼塚はあの日の記憶が甦った。大破したイオノクラフト、機内に残る血飛沫、バケツ半分も回収できなかった妻と娘の肉片....
”....わかるわ、チーフがそれをどのように捉えているかは....”
いつもは快活なその顔に少し沈痛な表情を浮かべてエレクトラが言った。鬼塚のブロードキャスト状態の意識に感応したのだ。
”....だけどどんなに微少でも、共鳴する対象さえ存在すれば重力波は保存されるはずよ。チーフの国では....なんてったっけ?”
”reincarnationでしょ!”メローペが言った。
”そうそう、いつか目の前からいなくなった人の意識も、この宇宙のどこかで空間の歪みとなって保存されている。そしていつの日かその歪みが物質を集積し、新たなる存在として生れてくる。それが生命なのか、星なのか、それとも宇宙そのものなのかは神のみぞ知る....ってことなんでしょうけどね”
”本当に....本当にそうなんだろうか?”
いつしか、ほぼ彼女達の話に惹きこまれていた鬼塚は、彼女達に問いかけるともなく問いかけた。
”どうです?チーフもごいっしょに...”鬼塚の問いに直接は答えず、アルシオンが言った。
”....”鬼塚は沈黙した。
”えーっ?!こおんな小うるさいおっさんとぉ〜?!”ティゲータが口を尖らせた。”まあいいじゃない、退屈しなくて...どうします、チーフ?”
”そうだな....”
アルシオンの問いに、鬼塚は即答しなかった。
傍らで、カリプソはその魅惑的な肢体をさらしたまま、そのやり取りと鬼塚の心の動きを黙って見ていた。....
「....どうする?!すでに15分経ったぞ?!」
「どうもこうも....待つしかないでしょ?!」
すでにエレクトラとメローペ、そしてマイアの肉体は再生不能なレベルまで破壊が進み、残りの4人も危険な状態だった。次々とストールしていくバイタルインジケータを前に、研究所員たちはなすすべがなかった.....「あっ!チーフ....!!」
ポッドの覚醒サインが点滅し、代謝レジュームが開始される。立ち込める霧の中から、接続スーツ姿の人間が起き上がった。
鬼塚と、もうひとり....カリプソだった。
.....海鳥の繁殖シーズンが今年もやってきた。軍事施設、気象観測施設、そして天文データ集積センター以外の領域は全て、セグロアジサシ、クロアジサシ、そしてメジロたちのスイートホームと化している。
「こりゃまたやかましいな。今晩もまた眠れそうに無い」
真っ黒に日焼けした鬼塚が言った。火星での研究生活に区切りを付けて母国最東端のこの島に移り住んで2ヵ月、もはや「宇宙白い」鬼塚の姿はどこにもなかった。
「いいんじゃないの?ハネムーンなんて周りを気にしてたら楽しめないもの」
彼のそばで、カリプソが笑った。
「そうだな。こっちも負けるわけにはいかないか」
「そういうことよ」カリプソが鬼塚の腕を取った。
夕暮が深まりゆく小道を、宿舎へと2人は歩いていった。
「....それにしても、正直君が戻ってくるとは思わなかったな」
「そう?」カリプソは風になびくブロンドの髪をかき上げながら鬼塚を見た。
「私って、昔から気まぐれなのよ。アナタとも7年ぐらいなら付き合ってあげられそうだけどね....」
「何だよ、ソレ....?」鬼塚は苦笑した。
「あなたこそどうなのよ、ヨウジ?その....」カリプソは言葉尻を濁らせた。
「いいよ、娘たちやキルケのことなら....」鬼塚は死んだ前妻の名前を口にした。
「アルシオンたちの説が本当だとしたら、彼女たちもこの宇宙のどこかで輪廻の時を待ってることになる....そう思ったらなんだか気が楽になってね。ちょっと寄り道をしてみたくなったのかもしれないな」
「ひどーい、私は寄り道ってワケ?」
「それはお互い様さ」鬼塚は悪戯っぽく笑った。
「まいっか....んで、期待させてもらっていいのかしら、ダーリン?」
「もちろん」
....3月になったばかりというのに、南岸から流れてくる亜熱帯の海風は温かかった。観測南限を遥かに超えているこの島では、かの散開星団を見ることはできないが、鬼塚の故国本土では今期最後の輝きを披露していることだろう。
”彼女達は、今日も楽しくやっているんだろうか....?”