短期集中連載(笑)![]()
−この物語は、フィクションである−
その96
王都の尖塔が波の彼方にだんだん小さくなっていく。落日のペルシャ湾をゆっくりとセールしながら、ハッサン(45)は心の中で彼の故国と家族に別れを告げた。帰ってくるのは早くても1年後になるだろう。
ハッサンは東方の帝国・隋との交易船の船長だった。ササン朝の本国から香辛料やドライフルーツなどの食料を隋に運び、帰りは有名なかの国の絹織物を満載して帰ってくるのだ。
彼は小さい頃から船長だった父に連れられてその人生のほとんどを海の上で過ごし、生涯の航行距離はゆうに地球を10周するほどだった。もちろん地球が丸いことなど、彼らは知る由も無かったが。
インド洋を越えて、今でいうマラッカ海峡辺りまでの航海は順調そのものだった。だが東シナ海に入り、目的の港が目前....というときになって、南方から彼らを追いかけるようにやってきた嵐に巻込まれた。
大荒れの海は何日も続き、港は遠く大波の彼方に消えてしまった。しかしそれどころではない。何人もの船員が海に投げ出され、軋む船体は今にもバラバラになりそうだった。
ようやく嵐が収まった頃には、帆は破れ、舵は壊れて彼の「パーンドラ号」は漂流するしかなかった。パーンドラ号は、彼も見たことのない大きめの島の間を縫うように流されていた。
「南へ戻されてしまったのか....?いや違うな。嵐の間はずっと南寄りの風だった。するとこれは、もっと東方の島なのか...?」
何日かの後、島の比較的おおきな入り江に街が見えてきた。ハッサンはとりあえず投錨し、艀で上陸してみる事にした。
砂浜に着いたハッサン一行の近くに、住人らしき人間がワラワラと寄ってきた。
背格好や着ているものは、彼らの目指す隋の民とほとんど変わらない。だが口々に喋っている言葉は、隋の言葉と似ているようで違っていた。
住人たちは特にハッサンたちを警戒する風でもなく、髭ムクの彼らを物珍しそうに見ては早口で喋っていた。
”なんじゃこいつら....炭団粉の中から這い出して来よったんかい”
”アホゆうてなや....どこぞの鬼ちゃうんけ?”
”ほんなヨボヨボには見えんけんど....”
”そら『オジイ』やっ(ペシッ)”
「・・・何をやってるんだ、彼らは?」
ハッサンは全く理解できない言葉を喋る連中を前に、どうしたものかと思案した。
とりあえず、隋の近くの島であるらしいし、格好も似ているからには、あいさつぐらいは通じるだろう....ハッサンはそう思って、両手を胸の前に合わせ、隋の言葉で彼らに話し掛けた。
「はじめまして、私はペルシャの交易商人でハッサンと申します。失礼ですがここはどこでしょうか?」
住人の間にまたどよめきが起った。
”お、おい....なんか言うとるで....おまん分かる?”
”ワイに聞くな....ほんでも確かあのカッコ、うちのオジやんが言うとった、海の向うの国の挨拶ちゃうんかな....?”
”おまえ、どっから来ょったんか聞いてみ”
”アホか、なんでワイが....”
”となりの国やったら、ウチ等の言葉もわかるんとちゃうか”
”ほ、ほおかな....?ほんなら”
中の一人が、ハッサンに近づいてきて声をかけた。
「自分、どっから来たん?」
・・・・その後、ハッサンは船の修理が終るまでの間、しばらく彼らの村で世話になった。彼らは親切だった。相変らず言葉は分かりにくく、本筋と関係無い内容(彼らはそれを『ボケ』と呼んでいた)がやたらと多かったが。
そして船の修理を終えたハッサンたちが村を離れたのは、ハッサンが自国でも見たことの無い、稲穂が一面金色に染まる初秋の頃だった。
後に船を降りたハッサンは、彼の航海に明け暮れた人生を回想録にした。
その中に、以下のような件がある。
「・・・・私が最も印象深かったのは、生涯最大の危難に直面した後に出会った、かの島のことだ。島の住人は陽気で、そしてとてもよくしてくれた。彼らに最初会ってその秋には黄金に染まる島の名前を尋ねた時、彼らは答えた。
”ジパング”と。.....」
歴史上、日本の西洋での名前が文書に記されたのはこれが最初である。