短期集中連載(笑)![]()
−この物語は、フィクションである−
その94
「中嶋様....あぁ、先ほどご予約いただきました....ご予約に何かご変更でも?」
「....はぁ?予約ですか?僕が?」
「はい....つい先ほど本日2名様お泊りのご予約を頂戴しておりますが?」
「何かの間違いじゃありませんか?僕は今予約をお願いに上がったのですが」
「いえ....中嶋正行様ですよね....つい今しがた10分ほど前にこちらでご予約を....」
「は、はぁ....」
「私が承ったのですが、ご記憶にございませんか?」
「あ、はい....そういえばなんとなく」
中嶋正行(25)は嘘を言った。彼女に見覚えなどあるわけがない。会った事もないのだ。
「左様でございますか。それで....」
「あ、いいんです。じゃ、また伺います....」
怪訝そうに、気味悪そうにヒソヒソと話すホテルの受付嬢の気配を背中に感じながら、中嶋はロビーを横切ってガラスの自動ドアを抜けた。
”まただ・・・・いったい何だろう?気味が悪いのはこっちのほうだよ・・・”
と思いながら。
中嶋は世に言う「段取り君」だ。
何事も的確な段取りを踏んで、その通りに事が運ぶことが何よりも大事、というか快感なのだ。それは仕事であっても、プライベートであっても変わりない。
今日は彼女の誕生日だ。ちょうど休日と重なったので、イベントを計画した。
「映画→食事→彼女にプレゼントのお買い物→お泊り・・・・こんな感じか、映画は13:30から2時間半だから、食事は移動を考えて16:30で丁度かな。お買い物はホテルの地下を回って1時間程度、19:00にチェックインで後はルームサービスでも取って...」
計画段階では流れるようにスムーズだった。
ところが、予約を入れる時点で妙なことになってきた。
彼が予約を入れようとする先々で、誰かが彼を騙って先回りしているのだ。しかも予約を受けた人に聞くところでは、どうも彼に瓜二つ(先方は彼自身だと主張している)の人間らしい。
「さては、誰かが僕の段取りを妨害しようとしているな....」
....だが、いったい何のために?
彼自身は誰に恨みを買った覚えもない。それによく考えてみると、先行して予約を入れてくれているということは、むしろ彼にとってはプラスになることなのだ....
釈然としないまま、約束の13:00きっかりに前野希美(23)と待ち合わせたスタバに着いた。希美はテーブル席にいた。
「待った?」中嶋が声をかけると、また妙な返事が返ってきた。
「やだもぉ、どこ行ってたのよー?来たと思ったら何も言わずフッといなくなっちゃってぇ」
「・・・・え?今着いたばかりだよ?」
「何言ってんの、『10分前に着くなんて珍しいわね』っていったら『時間どおりさ』なんてバックレてたクセに....まいいや、早く行きましょ」
「お、おい待てよ....」
希美の後を追いながら、また中嶋の頭は混乱してきた。
10分後、映画館に着いた。丁度入れ替えの時間だ。
中嶋はゲートの係員にチケットを出そうとした。
「あ、先ほど出られた方ですね。半券をお願いします」
「・・・え?」
「やーねーちょっとぉ、しっかりしてよ。あなたが『ちょっと用足しに』って出たんじゃない」
「んなこといっても、確かここに....」中嶋はチケットを入れた財布をまさぐった。
やはりそこにはチケットが2枚あるだけだった。
「あれ.....?出たのって何分前だっけ?」
「入れ替えの人たちと一緒だったから10分前ぐらいじゃない?・・・そんなことより、せっかく取った席がなくなっちゃうわよ」
「あ、そ、そうだね...」
慌てて中嶋は希美と館内に入った。
映画を見ながら、中嶋の頭は別のことを考えていた。
”ますますもって怪しい....だけど希美が僕を間違えるわけはないし....”
”やっぱり自分なのかな....?”
主観を排して考えると、肉体の行動は別として、自分の感覚だけが世界から少しずつ遅れている。そう、周囲の反応からすると約10分....あり得ないことだがそれが一番論理的な答えの気がする。だがそれにしても....
”こうして映画を見ているときの周りの反応と自分の反応を見ると、この時点ではリアルタイムだ。遅れが生じるのは....”
そう、遅れが生じるのは、彼が段取りを取ろうと動くときだけらしいのだ。食事の予約、ホテルの予約、そして彼女との待ち合わせ....
”...っつうことはだ....”
頭の回転の速い中嶋は、ニンマリとした。
映画を見終わって、二人は近くのスペイン料理のお店に向かった。
”あのお店の予約は16:30....”
予約時間ちょうどに着いた中嶋は、ウェイターの案内も待たずに希美の手を取って窓際の席に向かった。
「ちょ、ちょっと....勝手に入っていいの?席決まってるんじゃない?」
「いいんだよ」
案の定、ウェイターも特に咎める様子もなく、席に着くとほぼ同時に料理が運ばれてきた。
「うわぁ、手際がいいお店ね」
「でしょでしょ?味だっていいんだから」
中嶋は得意げに言った。
たっぷり1時間10分、二人は料理を楽しんだ。ショッピングモールのあるホテルまでは歩いて20分ほどだ。
「さて、行こうか」「うん」
中嶋は希美を連れて、レジに向かった。
だが中嶋は支払いをせず、そのまま通り過ぎようとする。
「ちょ、ちょっと、マサユキ...」希美が中嶋にささやきかけた。
「大丈夫大丈夫....」中嶋は希美にかまわずレジを通り過ぎた。
背後から、キャッシャーの声が追いかけてきた.....「ありがとうございました。また御利用下さいませ」
外に出てから、希美は中嶋に尋ねた。
「いつの間にお会計済んでたの?全然気がつかなかった」
「うん、ちょっとね....」中嶋は財布の中を覗いた。特にお金が減っている様子もない。予想通りだ。
「この調子でいくと、プレゼントもホテルもいけそうだぞ....」
内心中嶋はウハウハ状態だった。
「ホテルまであと10分かな」
大通りを渡る交差点に近づいた。
なにやら通りが騒がしい。救急車やパトカーが来ているようだ。
「何だろう?」「さぁ、どうしたのかしら?」
『それにしてもさぁ、ヒサンだよなー』
『信号変わりかけてるのに渡るなんて無茶だよ』
『アベックだったのかな、なんか楽しそうだったけど』
・・・・?!
中嶋の目に、一瞬救急車に収容される二人の姿が見えた。「・・・自分・・・たち?!」
「うわわ・・酷いわね。あれじゃ・・・どうしたの?」
怪訝な表情で尋ねる希美の声に、中嶋はハッと我に返った。
「い、いやなんでもない....行こうか」
ショッピングモールで楽しそうにはしゃぐ希美に粘り強く付き合いながら、中嶋は考えた。
”さっきのは....自分に『先行』していた『自分』なのか?”
”とすると、『彼』が僕の身代わりに...”
”いずれにしても、これで終わりだな....”
そう、あの妙なタイムラグも、これっきりだ。
ショッピングがようやく終わり、二人が部屋に着いたのは18:50だった。
ルームサービスを取って飲みなおし、夜景を眺め、そして二人でシャワーを浴び....
予定通り、中嶋は希美と素肌を合わせた。
希美の身体を愛撫し始めてすぐに、希美は激しい反応を見せた。大好きなブランドをここぞとばかりにゲットした昂揚のせいか....中嶋は苦笑しながら、「そろそろかな」と、希美の中へ入っていった。
中嶋の動きが激しくなり、絶頂にたどり着く直前中嶋は、うす目を開けて希美を見た。
希美は穏やかな表情で言った。
「素敵だったわ、マサユキ...」
頂上寸前で、中嶋は急停止した。