短期集中連載(笑)![]()
−この物語は、フィクションである−
その87
「ラーメン食いてぇっ!!」
「コーラ飲みてぇっっ!!」
また曽宮政重(28)の発作が始まった。
高校時代にジャンクフードの達人と化したあげく重度の皮膚炎を患って以来曽宮は、食事は3食100%菜食、飲み物は全てミネラルウォーター、そして小腹が空けば健食ショップを巡回して見つけてきた謎のサプリメントと、筋金入りの世に言う『健康ヲタク』となっていた。
そんな曽宮も時にあの昔の味が忘れられず、コンビニに突入してカップ麺や袋菓子を買い漁りたくなることがあった。だがそんな時も、彼がこの筋の求道者となった『導師』ともいえる、近所の薬剤師の言葉を思い出した。
”ちゃんといいお水を飲んでれば、変なモノは食べたくなくなるのよ”
そして彼はカバンから水筒に入れた、1リットル2000円もする「波動が良い」と説明された水を取り出して飲み、
「よし。これで邪気は失せたぞ」
と自分に言い聞かせるのだった。
だがここ数年、『邪気』が彼を襲う頻度が急に高くなってきていた。
”身体の調子がまた悪くなってきたせいかな?”
”いやいや、却ってよくなって身体の機能に余裕ができてきたのかも知れんぞ”
”そうはいっても悪いものは悪いものだ”
”だけど、ちょっとくらいならもう大丈夫かもな...”
そんな時は心の中で、2人の曽宮が争っていた。
だが、今日はついに悪魔の姿をした曽宮が勝利を収めてしまった。
気がつくと、コンビニの大袋にポテチやタコスなどの袋菓子、そしてカップ麺に清涼飲料水を詰め込んで家路を急いでいた。
ワンルームの自宅でお湯を沸かし、カップ麺の蓋を開ける。
「あぁ....なんて甘美な香りなんだ」
曽宮は陶然とした。久しぶりに嗅ぐ人工的な旨み成分の香り。お湯を注ぐとそれが部屋全体に広がり、先ほどまでのなんだか殺伐とした部屋の雰囲気まで変ってきたようだ。
”やはり人間、無理ばっかりしてはいけないんだ。たまには息抜きも必要必要....”
割り箸で挟んで留めたラーメンの蓋からもれ出る湯気を眺めながら、言い訳ともつかないことを曽宮は考えていた......「.....ん?」
曽宮はふと目を細めた。
湯気の中で何やらうごめいたような気がしたのだ。
出来上がり時間を待たず、曽宮はフタを開けてみた。
そこには立ち上る湯気に混じって、小さな、本当に小さな人影のようなものがいくつも踊っているのが見えた.....ような気がした。
「な、なんだこれ?」
”ひょっとして自分は幻覚を....”そう思って目をしばたかせよく見ると、やはりそこには、薄い髪の色、白い肌に白い薄着をまとった、背中に羽根を生やした小さな女のコ達が舞っていた。
その中の一人が曽宮に気がついたらしく、ドレスの裾をつまんでひざまずいた。
『お久しぶりです。お呼び下さってありがとうございます』
「あ、ど、どうも・・・・どこかでお会いしましたっけ?」
曽宮は間の抜けた、しかし真っ当な返答をした。
『10年ほど前はよくお目にかかりました。もうお声をかけていただけないのかと思っていましたが....うふっ』
一団の中では、少し長めの髪をしてお姉さんっぽい彼女が応えた。
「そ、う、ですか.....すみません憶えがないもんで。どちらさまですか?」
『申し遅れました、わたくし、グリチルリチア・ライゾーマのエレメンタル(素霊)です』
「....?えーと?」
『あ、そうですね。貴方のお国では【甘草】って呼ばれています』
「あぁ、あの甘味料の....妖精...さん?」
『ええ、そのようなものです。元々私は甘草の木に宿っていたのですが、最近は皆様が抽出物をよく召し上がられるので、こうして食品の中にお邪魔させていただいています』
「そ、そうなんですね....」
目の前の小さい女性の姿をしたエレメンタルに唖然としながら、曽宮はなんとなく納得した。万物は物質のみで構成されるのではない、その物質が持つエネルギーが形作っているのだ......そう信じている曽宮は、今彼が目にしている「エレメンタル」達が物質の持つエネルギーそのものではないかと思ったのだ。
「....ところで、後ろの皆さんも貴方と同じ甘草の?」
『いいえ、このコ達はそれぞれ別の宿主を持つエレメンタルです』
そういって彼女は、一人一人を呼び寄せると、曽宮に紹介した。
『こちらは紅麹色素のエレメンタルです』『こんにちは』『このコはコチニール色素のエレメンタル。元は昆虫に宿ってました』『ドモ。』『こちらはグルタミン酸のエレメンタル。あなた方にはとっても有名ですよね』『きゃはっ』『アスパルテームのエレメンタル。無口ですけど芯の強いコです』『・・・(ペコリ)』....
彼女の紹介は延々続いた。全員の説明を聞き終えると、カップの中の麺はすっかり延びきってしまっていた。最初はみんな同じようにみえた彼女達も、よく見てみるとそれぞれ顔形に特徴があるように曽宮には思えてきた。それにしても.....
「.....なんだか宿主が添加物ばっかりですね....身体に悪そうな...」
曽宮は甘草のエレメンタルである彼女に言った。
『それは違います』すこし心外といった風情で彼女は応えた。
『失礼ですけど、私たちの宿主が体に悪いかどうかは、あなた方のお召し上がり方にかかっているのではありませんか?私たちはただ、宿主をお召し上がりになる皆さんが幸せな気分になるようにお手伝いしているだけなのです』
「そんなもんですかねぇ」
『そーだそーだ!』他の小さなエレメンタル達が口々に叫びながら、また舞いはじめた。彼女も曽宮に一礼すると、その環に加わった。
曽宮は彼女達とカップ麺を目の前に考え込んだ。
確かにエレメンタル達の主張は一理ある。彼女達とその宿主−物質とそのものの持つ性質とでもいうべきか−は、ただそこに存在しているだけなのだ.人間にとって意味をなすのは、人間が「彼女達」を利用する際に、人間の側に利害が発生する場合だけだ。イヤなら近寄らなければいい。だが....
だが、それにしても「彼女達」があまりに人間社会に入り込み過ぎていて、人間に与える影響が大きくなりすぎているのではないかと曽宮は感じるのだ。それがすでに、人間社会を大きく変質させるほどに....多くの人間たちは、そのことに気づいているのだろうか......?
突然思考のスケールが大きくなった曽宮がそのカップ麺を食べたのは、結局それがすっかり冷めて彼女達の姿が見えなくなってからだった。
久しぶりのラーメンは、エレメンタルたちがどこかへ行ってしまったせいか、それとも見ての通り曽宮のモノオモイ同様に膨れ上がった麺のせいか、猛烈に不味く、フシアワセな味がした。
”・・・しかしそういえば、自分的には初対面のはずなのに、なんだか見覚えのある妖精さんたちだったな・・・これがデジャビュというものかなぁ”
そんなことを考えながら、何気に曽宮はTVをつけた。
CRTの中では、極彩色の衣装に身を包んだアイドルがヒラヒラと歌っていた。
13人というユニットの人数といい、一人一人の姿形といい、先ほど見た彼女達にウリフタツだった。