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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その76
いまだ雲ひとつない青空から夏の光が一面に降り注いでいる....というより叩き付けてくるようだ。路面は焦付き、その上に並んだ車たちはさながら、今まさに砂漠のど真ん中で集団ドライアップを遂げようとしている隊商のように、低くアイドリングの唸りを上げたまま動こうとしない。
新川圭介(22)は愛機FC3Sのコクピットで、水温計と助手席に置いたノートPCのナビを交互ににらんでいた。水温計はさきほどからじりじりと上がり続け、もはや「H」の一歩手前まで来ている。ナビはというと、さっき受信したATISデータによりここから90km先の豊橋バリア(東名起点から265km)まで路面が赤一色である。前者を見るたび圭介はハラハラし、後者を眺めてはイライラしていた。だからといって、状況が改善するわけではないのだが....
とりあえずエアコンを切り、ヒーターをかけて熱を逃しているが、当然ながらおかげで窓を開けているにもかかわらず車内は炎熱地獄と化している。
「さっきのSAで水かけとけばよかったかな....いや、それより下りた方がよかったかも...でもどうせ下も混んでんだろうなぁ...」
ため息を吐く圭介のFCの横で、低い爆音が聞こえた。満艦飾の下品な白いボディに青い回転灯を光らせ、バスケットを山のように取り付けたGoldWingが路側帯をすり抜けていった。圭介の横を通り抜けざまに、肥えた中年ライダーの、ジェットヘルでさらに膨れた頬がにやっと笑い、右手がハンドルを離れ圭介の目の前でV字を作った。
「・・・・反則しやがって、あのガーランド野郎・・・!!」
圭介の目に殺意が浮かんだ。

早朝に関内を出て、すでに11時間が経過していた。

圭介のFCはシーケンシャルターボを取っ払ってKKKのシングルタービンに載せ変え、インジェクションも大容量、燃調マップも書き換えてある。このマシンを駆って今住んでいる横浜から地元の最寄IC関ヶ原まで最速1時間53分という記録がある。
だが、路上に渋滞車両という「シケイン」が満載されている現状では、その持ち時間を厚木ICを通過するまでにすでに使ってしまった。バイクのくせにデカい顔して車線を占領していたあのオッサンと、フラフラ車線変更ばかりしてるあのチビが特に邪魔だった。

せめてもの救いは、もう一台の「チビ」AZワゴンが数台後ろに追いやられたことだ。"あんなのにまで先んじられたら、立つ瀬がない...."
そう思った圭介の心のうちを知ってか知らずか、相棒のFCの心臓が苦しげに息つき始めた。
「や、やべっ!!」
GoldWingに気をとられてうっかり目を離していた水温計が、しっかり振り切っていた。
"せ、せめて路側まで...."
圭介の願いはかなった。
FCはなんとか路側にたどり着き、防音壁に寄り添うように止まると、静かに気絶した。
焼津ICは目の前だった。

町田ICから156km 焼津IC
    Time Avg.Speed
金翼 10h50m30s 14.39km/h
AZワゴン 11h00m40s 14.17km/h
FC 11h15m15s 13.86km/h

「まったく近頃の若いモンは・・・・」
GoldWingで路側を突っ走りながら、中山彦造(54)はボヤいた。
買ったばかりのKH400で夏の東名を走破しようとした、25年前のことを思い出していた。あの時は本当に死にそうになった。
自分らの若い時分に比べれば、あのRX-7とかいうスポーツカーに乗ったヤツなんかは、"リムジンでふんぞり返っている有産階級みたいなもんだ"。なにやらこちらの走路妨害を試みていたようだが、最低限のマナーも守れんヤツにスポーツカーに乗る資格などない。エンジンがオーバーヒートしたらしいが、いい気味だ。ブルジョアはいつかプロレタリアに打倒されるのが正義なのだ、そう思った。
それにしても夏に4つ輪に乗るやつの気が知れない。彼らの群れに巻込まれて思わぬ時間を食ってしまったが、こうして夏の夕暮れの風を感じながら快走できるオートバイの魅力を知ったら、もう元には戻れないだろう。そうなればこんな渋滞も一発解消、めでたしめでたしである....

....などと考える彦造の目に、遠くキラキラ光るものが写った。
最近老眼が入ってきたのか、何やらはっきり見えない。どうやら私と張り合ってたらしいあのスポーツカーもダウンした。そろそろ疲れもあることだし、次のSAで休もうか....
そう考えながら走る彦造の前に、白ヘルメットを被った制服が、チェッカーフラッグを振るのが見えた。
「を、おい。。。」

気が付くと、彦造はツートーンカラーの車の後部座席にいた。
改造車両ということで、警官の職務質問は延々続いた。
いいかげん辟易してきた彦造は、合間にボンヤリと窓の外を眺めた。
のろのろと流れていく数珠つなぎの車の中に、熱射病から復活したあの黄色いセブンが見えた....

町田ICから228km 浜名湖SA
    Time Avg.Speed
FC 15h32m30s 14.70km/h
AZワゴン 15h40m05s 14.55km/h
金翼 16h15m15s 14.02km/h

「みてみて、事故よ!」
「ほんとだっ、ねおとちゃん、くるまぐちゃぐちゃ〜」
「ぐちゃぐちゃ〜、ほっ!」
「あらぁ、ほんとだ....渋滞最後尾だったのかな?」
三原和也(33)はAZワゴンの狭い車内に、妻と、長男と、次男と、乳幼児必需装備のお菓子&ジュース&次男のおむつを満載して身動きが取れないほどのまま、なんとかここまでやってきた。車好きの長男と次男であるが、さすがに半日以上見ていると飽きてきたらしく、「降りる降りる!」とやかましかった。事故った人には気の毒だが、ちょうどいいイベントである。
それに事故は追い越し車線で起こった。こっちの走行車線は幸い何とか流れているが、あのいけ好かないFCは向こうで雪隠詰めを食らっている。こりゃ痛快だ。このまま引き離せば、しばらくは会わずに済むだろう。何せあの強引な割り込みには何度も冷や汗をかかされたから....
「それにしても琢磨、あの事故車はなんだろう?」三原は長男に問いかけた。
「・・・・」彼は黙ったままだった。
「どうした、琢磨?眠くなったか?」
「・・・・」黙って首を振る琢磨。
「なんだ?どうした?」
「・・・・・・・・おしっこ」
車内が騒然とした。
「ど、どうしようあなた?」
「どうするって・・・近くにSAはないぞ」
「しょうがないでしょ、どっか止まれない?」
「あ、PAならあるよ、なんとか突っ込んでみよう。そこまで頑張れよ!琢磨」
「・・・・・」股間を抑えながら黙って琢磨は頷いた。

彼らの車はタイムリミットにギリギリ先んじた。
妻とともにトイレに駆け込む長男を見やった三原は、ふと振り返って愕然とした。
ナトリウムランプの灯り始めたPAの本線合流路が満杯でほとんど動いていない!
「や、やられたっ」
天を仰ぐ三原の目の前を、あのムカつくセブンがのろのろと通過していった。

町田ICから240km 新城PA
    Time Avg.Speed
FC 16h30m00s 14.54km/h
AZワゴン 16h45m00s 14.33km/h
金翼 16h48m20s 14.29km/h


豊橋バリアを目前にして、渋滞はますます激しくなった。
数十メートル先に見えるゲートが、すべて埋まっている。
せっかくここまであいつらを引き離したのに、結局AZワゴンは3つ向こうのレーン、GoldWingは端っこのほぼ同じ位置に並んでいる。
だんだん圭介は空しくなってきた。
「こうなったら・・・・最後の勝負だ」
バリアの膨張部を抜け、誰が本線にトップでたどり着くか・・・その勝負にすべてを懸けよう。
「それがどうした?」といわれればそれまでだが、あまりに長時間走りつづけることを余儀なくされた圭介の頭は、すでに正常な判断力を失っていた。

幸いというかなんというか、AZとGoldWingの両者もこちらをチラッチラッと眺めている。どうやら同じことを考えているらしい。「・・・・望むところだ!」...なんだか燃えてきた!!

ゲート進入はほぼ同時だった。すばやく券を受け取り、シフトを叩き込む。リアが白煙を上げ、ロータリーの甲高い排気音と共に猛然とFCはダッシュした。
AZもどうやらターボモデルらしく、低速域ではかなりの伸びを見せた。だがそこまでだった。勝負はGoldWingとのマッチレースの様相を呈した。だがGoldWingは次第に遅れだす。「勝った....?!」
....その時!!

突如として、前方をふらふらと走っていたラーメン屋の軽トラックが、車線に割り込んできた!驚いたオバちゃんの運転するマーク2がもう一方の車線に飛び出す!!

完全に前方を塞がれた。反射的にブレーキを蹴りつける圭介。Brenboの強烈なストッピングパワーが炸裂し、チューンド13Bロータリー550PSの爆発的加速はまさに「瞬殺」された。

・・・・その横へ。
トコトコと速度を緩めながら左右からAZとGoldWingがやってきた。
3車は本線上で仲良く黙り込んだ。

すでにとっぷりと日暮れていた。

町田ICから245km 豊橋バリア
    Time Avg.Speed
FC 16h57m00s 14.45km/h
AZワゴン 16h57m00s 14.45km/h
金翼 16h57m00s 14.45km/h






....その77へ続く(旅は道連れ世は情け)