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短期集中連載(笑)
−この物語は、フィクションである−
その71
・・・・「ジャスティス」が地球を発進した頃、接近する天体はすでに土星の公転球面(太陽を中心とし、太陽までの距離の平均を半径とする球面。太陽から約14億km)を通過していた。そして現在は迎撃ポイントまであと40万km、木星の公転球面よりわずかに外側という、もはや太陽系の辺境とはいえない位置での迎撃戦となる。
この時点ですでに天体の速度は4000km/sec、今後更なる加速により、特務艦「ジャスティス」が有効射程に捉える時点では 0.021c:6500km/secという恐るべき速度に達する。
核融合エンジンの出力限界、燃料残量、火器管制システムの精度、そして乗務員の肉体的耐性などのデータを外輳して計算すると、「ジャスティス」に許される太陽系内向きの最大戦闘速度は理論上4600km/secであることから、天体が有効射程に入ってから離脱するまでの時間、すなわち「ジャスティス」が天体の脇腹にケリを入れる余裕はわずか15分40秒という短さになる。困難極まりない作戦だ。だが・・・・
「だが・・」艦長トーゴー・アーサー・エイジ大佐(34)は考え込んだ。
ありったけのレーザー水爆ミサイルをぶち込んでしまえば任務は終了だ。それ自体は火器管制をしっかり修正してやれば彼にとっては決して難しい任務ではないと思う。
だがそれで天体を地球からそらせることができるかどうかは、はっきり言ってやってみないとわからない。準備段階での科学者達の計算でも不確定な要素が多すぎて、成功確率は状況によって15%〜89%の間を変動するというありさまだった。
そのうえさきほど副官のヒトシ・ヒラタ少佐(25)が発見した、天体から返ってきた何やら「返信メッセージ」らしきパルスレーザーが、エイジの頭から離れなかった。ヒラタの解析によれば、パルスレーザーは「ジャスティス」から照射した測距レーザーの反射である可能性が低いとのことだった。ということは、パルスレーザーは天体そのものから発信されたという驚くべき仮説が正しい可能性が高くなる。
エイジは、貴重なランデヴーの時間の全てを、爆撃だけに費やすべきでないと考え始めていた。人類が理解できると言う点が不可解ではあり、また内容も非友好的ではあるが、「メッセージ」が送られてきたとすれば、天体に存在する知的生命、あるいは考えにくいことだが「天体そのもの」と意志を通じ合う余地があるということなのだ!
「どう思う、少佐?」
「さっきの『メッセージ』ですか?」
「そうだ」
「私の意見を言わせてもらえば、あれは意味のあるものだと思います。CRCエラーの出ないバイナリデータなんて、自然界にそうそう転がってるもんじゃありませんからね。ただ・・・」
「ただ?」
「なんかあの『メッセージ』の内容そのものがひっかかるんです。どうも何か欠落しているような」
「それは向こうからの送信される途中での欠落か?」
「いえ、さっきも申し上げたようにバイナリデータとしては完璧でした。圧縮されていた内容のほうに、なにかしっくりしないんです」
「なるほど。で、少佐はあの天体にどう対処するべきだと思う?ブン殴るか、それとも握手を求めるか?」
「私は一度は握手を求めるべきだと思います。『溺れる者はわらわは姫じゃ』ともいいますし・・・」無表情の艦長を見て、あわててヒラタ少佐は付け加えた。「艦長はどのように?」
「私はもう決めている。一定時間こちらの通信チャンネルを全二重開放して、リアクションがなければ総攻撃を開始するつもりだ」
「私もそれが『モアベターよ♪』だと思いますが・・・司令部がよしとするでしょうか?」
「この作戦の現場責任者は私だ、私が責任を取る。貴官はそれに同意した上で従ってくれればよいだけのことだ」
「流石ですねぇ艦長。『黙ってオレについてこい』ですか」
「そういうことだ」
ヒラタ少佐のちょっと傷ついたような表情を見て、エイジはまたヒラタが何やらギャグを言ったらしいことは理解したが、無視することにした。
「では少佐、艦首反転、奴を迎えるぞ!」
"Caution! Caution! Accelaration will be finished within 1 minute! Caution....!"
艦橋に加速終了警報が流れた。
選びぬかれ、鍛えぬかれた肉体をもつエイジとヒラタ少佐にとっても、5G−75時間という超長時間の高加速は堪えた。
天体はまだ遥か後方である。だが双方の速度差により、彼我の距離は着実に縮まりつつある。有効射程到達まであと10分を切った。
「大丈夫か、少佐?」
「頭の血が下がって『もう、負ケソー』です」霞む目をこすりながらヒラタ少佐が応じた。
「天体の様子はどうだ?」
「相変らずですね、以前と同じ『メッセージ』を馬鹿の一つ覚えみたいに送信してきています」
「そうか、では通信回線全二重開放開始。それにそろそろ艦の光学鏡でも捉えられるぞ。準備よいか?」
「アイサー。今やってます」
ヒラタは艦体上部の反射望遠鏡を後方に向けた。
何層かのデジタルフィルターがかけられ、ようやくめざす天体の画像が得られた。ヒラタ少佐がさらにコンソールを操作する。
「最大倍率にします......え"っ!」
「こ、これは.....?!」
2人はあまりに異形の天体の姿を前に固まった。それは無数の浮遊小天体に黒いケーブルが絡み付く、巨大な構造物であった。そう、天体というよりは、人工の構造物、もっとはっきり言えば巨大な頭部像のような....
エイジは母国の中西部で、山に掘られた同じようなものを見た。だがこの天体のそれは少し違っている。どちらかというとエイジやヒラタ少佐に似た、東洋系のものに見える。
「・・・・」ヒラタ少佐は咄嗟にいつものギャグも思い浮かばず、あまりに非常識な現実に言葉を失っていた。だが、その顔らしきものは、彼の記憶の琴線に触れるものがあった。前歯を剥き出しに、ニヤついた面長のお調子者らしい顔....しかしそれが誰であったか、どうしても思い出せない....
「...佐!ヒラタ少佐!」エイジの声に、ヒラタ少佐ははっと我に返った。
「有効射程到達まであと80秒だぞ!火器管制の用意はいいか?」
「は、はいっ!ミサイル格納庫ゲート開放。姿勢制御スラスター仰角32度、進行軸角プラス3度、艦体軸角マイナス17度設定。無反動スイムアウト用推進剤点火準備完了、オールグリーンです」
「よし、それでは通信を開始する....”こちら地球の特務艦『ジャスティス』、天体応答願います。こちら地球の特務艦『ジャスティス』、天体応答願います....”」
しばらくの呼びかけの後、エイジはヒラタ少佐に確認した。
「どうだ、何か変化があったか?」
「パルスレーザー変換します..."..O..BI DENY(軌道上停泊を拒否する)....O..BI DENY....O..BI DENY...."だめです、まったく変化ありません」
「そうか....」エイジはクロノメーターを見やった。目標の有効射程離脱まであと残り8分を切った。有効な打撃を与えるためにはもう待てない。
「仕方ない少佐、全弾発射用意」
「やはり壊すしかないんですね・・・こんなこといっては何ですがもったいない気がします」
「同感だが、同意はできんな」
「そうですな艦長、やれやれ、空軍に入って以来自分史上最大の『あっと驚くタメゴロー』だったのに.....あ、あれっ?!」
コンソールに手をかけたヒラタ少佐が、やおら素っ頓狂な声を上げた。
「どうした、少佐?」
「み、見て下さい艦長!『メッセージ』が・・・!」
ディスプレイには、それまで呪文のように流れていた"..O..BI DENY"の文字が消え、別のメッセージとプロンプトが顕れた。
"This is Jupiter investigator Pioneer XI.
A data destruction occured.
Your correction requested.:"
(こちら木星探査船パイオニア11号。データ破壊が発生しました。修正データを入力してください:)
「ぱ、パイオニア!あの伝説の探査船か?!」
「一体どうやって?!それに自分は何もやっていないのに!」
「私にもわからん。だが、君がなにやらつぶやいた後にこの変化が生じたということは、その中になにか鍵があったと考えられないか?」
「そんな事を言われましても私には....あっ!」
突然ヒラタ少佐は、コンソールに飛びつき、プロンプトに対して、
"oyobi de nai"
と入力し、enterキーを叩いた。ほとんど瞬時に画面が切り替わり、
"Your correction accepted.
Your reply?:
(修正を受け付けました。返答願います)
と再びプロンプトが表示された。今度はヒラタ少佐は間髪入れずに、
"choushi ni noruna. nettu!"
と叩き込んだ。
しばらく画面の反応はなにやら考え込むように沈黙していたが、しばらくして別のメッセージが顕れた。
"korya mata shiturei shimashitattu!"
「・・・いったいこれは何事だ、ヒラタしょう・・?!」エイジは最後まで自分の言葉を言い終えることができなかった。「ジャスティス」を追い抜き、今まさに射程外に飛び去ろうとする天体が突如膨張と収縮を始めたからである。天体は、唖然とするエイジと、何やら納得顔のヒラタ少佐の眼前で伸縮をしばらく続けた後、まばゆいばかりの閃光を発して爆発四散した。
それは100年ほど前、ヒラタ少佐の母国で、TV黎明期に人気を誇ったバラエティー番組の、キメの1シーンそのものであった....
「....天体、消滅しました」
ヒラタ少佐が、目の前の現象を過不足なく上官に報告した。
「一体何だったんだろう....私には理解できん」エイジは応えた。
「そうですね艦長。私も小さい時に悪戯して、曾祖父の残したアナログビデオを見ていなければ、今の現象は受け容れがたいものだったでしょう」
エイジはヒラタ少佐の述懐に全く納得していなかったが、そのことは口にせず、別の疑問を投げかけた。
「パイオニアは、地球への帰還を目指していたのだろうか?」
「さあ、だとすれば迷惑な帰還ですな。旅立っていった彼には気の毒なことですし、彼は我々を忘恩の徒と罵るかもしれませんが」
「いずれにしても、ひとつだけはっきりしていることがある。それこそ私には受け容れがたいことだが」
「何でしょう、艦長」
「きみのギャグと思しき一連の意味不明の言動が、地球を救ったということだ」
「ありょーん」
・・・それから、数ヶ月の後。
ここは東京目黒にある某オーディオメーカーの研究室である。
先日の天体直撃騒動の元となった探査船と同じ名前を持つこの会社は、映像関連の光ディスク技術の草分けで、先日も量子化レーザー記録技術による三次元映像記録用小型超高密度媒体を世界に先駆けて発表したばかりのメカヲタク集団である。
またその探査船に載せられた、まだ見ぬ異星の知的生命体へのメッセージディスクを作成したのがこの会社であるというのは、事情通の間では有名な話である。しかしながらその強力な技術力を決して軍事方面へと転用したりせず、美少女アニメや萌え萌えの充実に心血を注いでいるのが、この会社の愛すべき所であろう。
「・・・しかしまさかこんな騒ぎになるとはね」
「危うくうちの会社が地球を滅亡させるとこだったのか」
「公表されたらそれこそウチが地上から消滅してしまう所だったな」
「OBにしてからがヲな連中ばっかりだからね。まさか全人類の夢を載せたディスクに、あんなボーナストラックをつけてるとは。結局イかれたコンピュータが、あれを司令官と勘違いして命令を拝領に戻ってきたと言うわけか」
「まさに『無責任艦長』だね。俺なんかダビングしちゃったよ、ほら」
「ををナイス、見てもいい?」
「丁度お昼だ、メシ食いながら見るか」
研究員はプレイヤーにメディアをセットした。
旧型の2次元ディスプレイの中で、ブリキ人形のような双子の姉妹が歌っていた。
”しゃぼんだっまっ、るっるるっるるっるるっ・・・♪”
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