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短期集中連載(笑)
−この物語は、フィクションである−
その70
『ジャスティスへ、こちら火星第1オービタル。状況を報告せよ』
「ジャスティスからオービタル。軌道内ブースター動作準備完了」
『了解。推進開始まであと90秒。カウントダウン開始せよ』
「了解。ブースター点火85秒前、84、83....」
軌道ステーションの管制センターと交信を終え、特務艦「ジャスティス」の艦橋で艦長トーゴー・アーサー・エイジ大佐(34)は加速用シートに身体を固定しながら、子供の頃にみたSF映画を思い出していた。それは地球に飛来する巨大隕石を迎撃する勇気あるチーフとその娘、そして若く有能な部下の織り成すヒューマン・ドラマだった。
エイジは彼の置かれた状況が、前半分はともかく、後ろ半分は全く違うと思った。航法管制・火器管制などの艦内平時コントロールは全てコンピュータに任され、乗務員といえば自分を含めて2名だけである。
もうひとりのクルー・・・エイジは副官のヒトシ・ヒラタ少佐(25)の顔を思い出して、苦虫を噛み潰したような顔になった。25歳で少佐であり、なによりこの任務に選ばれた男である。無能とは程遠いはずであるが、とにかくお調子者でいい加減、おまけにいつも日系二世のエイジには理解不能な日本語を濫発して彼を混乱に陥れるのだ。彼をうまく使いこなさないことには、今回の任務の成功、ひいては地球の未来は有り得ないのだが・・・
そんなことを考えているうちに、カウントダウン終了ぎりぎりになって休憩からヒラタ少佐が戻ってきた。
「ふあぁ寝た寝た。さあ艦長、今日もぶああーーっといってみましょうかぶああーっと!」
その天体を最初に発見したのは、引退間近の軌道天体望遠鏡ハッブルだった。宇宙線の爆撃により最近とみにそのCCDの劣化が目立ってきたハッブルに映った画像は不鮮明で、何らかのノイズの混入であろうとされた。だがハワイの電波天文台すばるがその近縁のポイントにより鮮明な像を見出すに至って、その存在が確認された。
それは直径80km程度と推定される楕円形ないしそれに類する小天体で、太陽を中心とした楕円軌道をとる通常の小惑星と違う独自の軌道を持っているらしい事が、天体物理学者の興味を大いにひいた。詳細な観察が始まった。
そして得られた結論は世界中の心胆を寒からしめるに十分な内容だった。その小天体は、現在飛行する空間に何らかの歪曲がある影響か、地球が公転軌道上を移動するのに合わせるように軌道を修正し、このまま飛行を続けるとおよそ1560日後には地球を直撃する可能性がほとんど100%というのだ。
古代地球の恐竜を絶滅に追いやったとされる隕石でさえ直径1km程度であったと推定される。このような天体が着弾すれば、地球は不毛の死の惑星と化すことは疑う余地がない。
ただちに迎撃計画が発動した。地球静止軌道上から核ミサイルをもって迎撃、軌道をそらすというのが、地上落下が予想される隕石に対して従来想定された戦術だったが、これほど巨大な天体ではそれでは迎撃が不可能なことが判明した。
天体は太陽の引力を受けて現在も加速しつづけ、結果地球からの有効射程距離に侵入する頃には、現在地球が有する全ての火力を以ってしても地球から天体をそらすことが不可能なほどの恐るべき運動エネルギーを有する計算になる。したがってまだ天体の速度がそれほどでない太陽系外惑星公転軌道宙域での近接側面射撃が唯一の有効な手段であるとの結論が出た。
現在人類の活動範囲は火星にまで広がっているとはいえ、高速移動する天体を一定時間捕捉し続けるのは極めて困難だ。最大加速で天体に接近し、高速対進戦の一発勝負をするなら艦の無人化が可能だし、燃料計算も片道で済むからよほど楽だが、火力の集中が必須の今回の作戦ではこの戦法が使えない。
加速を続けた後、天体に合わせて太陽系外向きの速度を一気に内向きに転じ、平行しながら可能な限り大量の側面爆撃を行い、そのまま帰投する。それらの戦闘を、可能な限り地球から離れた深宇宙で行う・・・言うは易しだが、多少なりとも宇宙工学に通じた人間なら、その困難さは容易に理解できた。
最終的な火器のリアルタイム管制のために無人艦にすることはできないが、多量の補給物資を必要とする「生命」という荷物は最小限に抑えなければならない。
結局大量のパルス核融合エンジン用液体重水素と、宇宙空間戦闘用に急遽新製・改造された2000発のレーザー水爆ミサイル、そしてたった2名の乗務員を載せた「ジャスティス」は、人類、いや地球生命全体の明日を切り開くべく地球を進発したのである・・・・
・・・・5標準Gという高加速に耐えながら、エイジは航行プランについてヒラタ少佐に質した。
「減速のプロセスはどうなっている、少佐?」
「現状では航行コンピュータの計算でばっちぐーぐーがんもですよ、艦長。このまま5Gであと25時間加速し、木星のスイングバイで方向をSS−α2.5/β3.3/γ1.6へ転じ、そのまま艦首反転後5G75時間でランデヴーです」
エイジには理解できない日本語が混じっていた。後の報告を聞く限りは可なのだろう。
「よし、微調整のためのレーザー測距開始」
「了解、ターゲットロック。目からびーむにょっ」
またしてもヒラタ少佐が意味不明の復唱とともにコンソールを操作すると、ジャスティス艦首から小天体へ向けて光線が発射された。相互の速度を考慮に入れても、照射後返ってくるまでおよそ25分弱はかかる計算だ。
やがて24分30秒が経過した。
「測距レーザー反射反応ありました・・・ん?」
「どうした、少佐?」
「おかしいんです。こちらからは持続的に照射をかけているはずなのに、パルスレーザーが返ってきています。それに推定される相対速度から算出できる短縮波長と合いません」
「相対速度が計算と違っている可能性は?」
「高くありません。フォボス基地天文台からのデータを随時受信していますが、計算と大きなずれは生じていません・・・っと待ってください、このパターンは・・・うーん・・・」
「どうした?」
「このパルスを1ミリ秒時間長でビット変換すると、配列がtar圧縮アルゴリズムのバイナリデータに酷似してるんです・・・しかしまさか」
「本当か?すると少佐は、われわれのレーザー走査に対して、何か意味のある『返信』があの天体から返されていると?」
「わかりません。とりあえずデコードしてみようと思うんですが」
「続けてくれ、少佐」
「了解。ぱっちんぱっちんがしんがしーん♪とっ」
興奮気味のヒラタ少佐が鼻歌混じりにコンソールを操作し、やがて結果がスクリーンに映し出された・・・・
"..O..BI DENY(軌道上停泊を拒否する)....O..BI DENY....O..BI DENY...."
「こ、、これが返信か.....?!」
「あじゃぱー」
それぞれの驚愕の表現と表情と共に、スクリーンを流れていくメッセージを凝視したままの2人であった・・・・・・(続く)
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