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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その67

仕事の後で中村和泉と待ち合わせたのは、会社のある坂の通りを登り切った向こう側にあるオープンテラスのイタリアンカフェだった。
今日がお休みの和泉から近くまで用事があって来ていると連絡があったのは、月末の伝票整理が一段落した夕方だった。食事をしてから一緒に住んでいる部屋に帰ろうということになった。
和泉は道に沿ったテーブルにいた。私に気がつくと、にっこり笑って手を振った。ノースリーブの白のワンピースから覗く細く白い二の腕がまぶしい。夏に備えて私が買った服が、和泉にとても良く似合っている....なんだか複雑な気分だ。
「こっちこっちぃ、遅いぞぉ美香子」
「ごめん、ちょっと仕事が長引いちゃって。待った?」
「んーん、そうでもないけどもう来ると思って先に頼んじゃった。モスコミュールで良かった?」
「うん、ありがとう。そういえばこっちに何の用だったの?」
「あのね....日取りの相談だったの....」
「....決まったの?....」
「う、うん....今混んでるみたいで....2ヶ月後だって」
「そう....おめでとう」
和泉は頬を染めてうつむき、急にそわそわし出した。
「どうしよう....なんだか美香子に話したら、急にドキドキしてきちゃった」
「何いってんのよ、ずっと前からの願いがかなうんでしょ。よかったじゃない」
「うん、そうだね。美香子がそう言ってくれるとやっぱり嬉しくなってきた。ありがとう」
「じゃ、乾杯ね」
ふと、今の会話を聞いている人がいたら、2人はどんな関係だと想像するだろうと思った。まずほとんどが結婚の決まった女性と、その友人だと考えるだろう。年齢から言っても妥当な線である。

「彼」−中村和泉は、私、真行美香子と同い年で今年28歳になる。

....和泉と私は、小学校からの幼なじみだった。家が近かったこともあるが、和泉はその頃からなんとなく私に趣味や感性が似ていたような気がする。言うなればなんでも打ち明けあえる姉妹のような存在だった。
中学からは別の学校になったこともあって、なんとなく疎遠になってしまったのだが、そんな和泉と街で偶然再会したのは、丁度私が上司とのトラブル、はっきり言ってしまえば不倫で心に深手を負っていた頃だった。
和泉は昔のままだった。私は全てを和泉に打ち明けた。和泉は、特別な事はなにも言わなかったが、やさしく私の傷を受け止めてくれた。

そうして何度か逢う内に私の気持は、いつしか和泉に大きく傾いていった。一緒に住もうと言い出したのも私だった。和泉は黙って私の提案にうなずいてくれた。

初めての夜、私も緊張していたが、和泉はずっと身体を固くしてぎこちないままだった。私はそれを、和泉の無垢さゆえと思い、結局私がリードして2人は結ばれた。
だが、和泉が緊張していた理由は別のところにあったのだ。

夜明け前、深い青が窓から流れ込む中でベッドに座ったままの和泉に気が付いて私は目を醒ました。
「どうしたの?」
私の問いに、和泉は少し微笑んだ。
そして、どこか遠い国の物語を話すようにカミングアウトした。

”GID”という言葉を知らなかったわけではない。
でも、自分に身近なこととしてとらえることはなかった。
第三者的に考えれば、そんな話を彼氏から聞かされたら誰だって混乱すると思う。
でも、なぜか私は和泉の言葉を自然に受け止めた。
最初で最後の一夜が明け、和泉と私は「ルームメイト」になった。

しばらくの後、本格的な治療が始まった。
女性ホルモンを使いはじめてから、和泉の身体はすこしずつ変わっていった。体毛も透き通るようなうぶ毛に代わり、手足も細く、しなやかになり、少しだけ可愛い胸も出てきた。
きっと勇気がいることだと思うが、この頃になると和泉は、自分の勤め先でも女性の服を着るようになっていた。元々スリムで私と同じくらいの身長の和泉と、お互いの服を交換してみるのはちょっとした楽しみになった。
着替えの時などは、私は和泉の下半身を意識して見ないようにしていた。それが自然なことのように思えたからだ。
そうして和泉は、女の私から見ても魅力的な「女性」になりつつあった。それはきっと、和泉が望んだ理想を自分の姿に投影しているからに違いない。

その日、遅くまでお店で語り合い、部屋に戻ったのは1時を過ぎていた。
「ねえ美香子、お願いがあるんだけど....今日だけ一緒に寝ない?」
「いいけど....どうして?」
「なんかハイになっちゃって眠れそうにないの。美香子がいてくれたら落ち着けそう」
「ハイハイわかりました、夜中に襲ってこないでね」
「そんなことするわけないじゃん!」
「あはは、冗談冗談。だけど和泉ってすごい寝相最悪だし」
「もぉーっ美香子ったらー」

そういっていたわりには、シャワーを浴びてパジャマ代わりの大きなYシャツに着替えると、和泉はすぐに寝息を立てて眠ってしまった。
私は、最近伸ばしはじめた和泉のサラサラした髪を撫でながら、幸せそうな寝顔に見入っていた。
....ふと。

私の手が、和泉のYシャツの裾を弄んでいた。
そこには、あの夜からもう半分くらいの大きさになった和泉自身が隠れていた。
2ヵ月後には、もうそこから消えてなくなる。

「あ・・あれ・・・?」
熱いものが、頬を伝って流れた。
私は和泉に気づかれないよう、枕に顔を埋めた。

"こんな私に和泉が気づいてくれたら、もう一度だけ...."
はかない期待を自ら裏切ろうとしている私がそこにいた。





....その68へ続く(Inspierd in "Uso-Tsuki"by Tohko Furuuchi)