短期集中連載(笑)![]()
−この物語は、フィクションである−
その60
私、芹谷千穂(25)は傘が好きだ。
友達にそのことを言うと「へぇ、そうなんだ」と言われる。普通の小物好きぐらいに思っているのだろう。だが自分では少し違うと思う。
小学校の頃は、みんな決まって黄色のスクール傘だった。その中に、同級生の男の子がひとりだけ、フレームと先端に照る照る坊主のような丸い突起がついているタイプを使っていて、どういうわけかそれを見るたびに太腿の間が少しむずがゆいような変な気分になったのを覚えている。
大学にあがってからはデザイン重視でブランド物を買いあさった。でも今では重量バランスや縫製、それに折り畳み傘ならたたんだ時の携帯性、ジョイントの堅牢さなどのほうが気になる。いずれにしてもお店でイメージしたとおりの品に会うと、いわれもなく体の奥のほうが熱くなるような興奮を覚える。きっと普通の女の子なら洋服のバーゲンなんかに行ったときにこんな感じなのかもしれないが、私にはわからない。
そんなわけで、私のクローゼットにはあまり服がかかっていない。代わりに傘立てに入りきらなくなった無数の傘たちが寄り添い立っている。
だれも出かけるのが億劫になる雨の日が私は好きだ。今お気に入りのSelgio L'grandirの淡い無地青にワンポイントの入った傘を差して目的もなく街を歩く。好きな傘を差して歩くと、まるで彼氏と2人きり、肩を並べて歩いているような気分になる。
少し歩いてから家に戻り、今度は高校の時から大事にしているburberryと出かける。わざとさっきとは違う道を選んで歩きながら、元彼といけないことをしているような気持ちで少しドキドキしてみたりするのだ。
「少し寝ちゃったな」
「ん・・帰るの?泊ってけば?」
「明日の準備もあるしさ。あ...雨が降ってるな。傘、貸してくれる」
「いいけど....ちゃんと返してよね」
「わかったわかった、千穂の傘好きは異常だもんな」
「だって前も・・・」
「わかってるってば、その辺の持ってくね」
「あ、ちょっと待って。あなたにはこれね。直径1300mmだし、フレームがグラスファイバー製だから折れにくいしバランスがいいわよ。ボタンがちょっと癖があるんで気を付けてね、それと使い終わったらちゃんと広げて陰干しにすること。忘れないでね。こないだ貸したやつ、もう防水がダメになっちゃったわよ、わかった?」
「はいはい、乾かして持ってくるのね。じゃ」
「ほんとにわかってんのかしら....」
雨音を聞きながら、私は彼のにおいと体温の残るベッドで眠れぬ夜を過ごす。でもそれは、体の火照りのせいでないとわかっている。まるで体の一部をもぎ取られて、理不尽な扱いを受けるような不安が私の心を苛むのだ。
「あの人は無事に帰ってくるのだろうか....?」