短期集中連載(笑)![]()
−この物語は、フィクションである−
その55
「あ〜らお気の毒様、あたし下の道通っても30分もかかりませんでしたわ。どこをお通りになったの?ワタクシにはとても考えられませんわ」
押尾忍(24)の背後で、資産家の奥方を真似たカワイイ金切り声が上がった。
車内は都内を目指す客で一杯、しかも乗り換えを考えて先頭車両に乗ったが為にすし詰め状態である。
喚いているのは押尾と背中合わせになっている女性の友人のようだが、このような身動きならない車内で絶叫するとは到底マトモな脳の持ち主とは思えない。
押尾はある種の恐怖と嫌悪感を覚えながら、背後の連れを盾にした気分で、きくともなく二人の会話に耳を向ける。
子供を遊園地に連れていった時の子供の行動心理学的考察という、空虚な中身の無い会話だった。
が、押尾の背後の女性は比較的落ち着いたトーンで、論理的な返答を返している。それが押尾には救いだった。
それにしても盾に隠れて見えないかの女性はどんな顔をしているのだろう、声からすると今風のガーリーな感じと思われる。そう想像すると、さらに押尾の嫌悪感は高まった。
電車がターミナルに到着し、ようやく人ごみから開放された押尾は、先ほどの声の主を追った。
そこには、レイヤードヘアで小太りの、10年ぐらい前のウラ本モデルのようなオバヤンの姿があった。
押尾の嫌悪感は、その瞬間に去った。
それに替わって、彼女との間のどうしようもない遥かな距離感と、盾となっていた女性への妙な違和感が押尾の心を支配した。