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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その54
そこに「そのカフェ」があることを、近城哲也(34)は迂闊にも最近まで知らなかった。

とある集まりで「それ」を身にまとって以来、「フェチ」と呼んでもよいくらいの愛好者であることは、本人は認めたがらないが、周囲は皆そう思っている。しかしながら自分がその格好をするのはもう沢山だ。アニメの世界では「反則」といわれるほどに氾濫しているが、実物を見るにはビックサイト辺りのイベントに参加しなければ無理だろう。同時にそんな場所に臆面もなく顔を出せるほど近城は勇気が無かった。
とりあえず、ネットに流れる画像で満足するしかなかった。

しかし、電気街の比較的深奥部にあるその建物にはよく足を運んでいた、というのも、前出のイベントで使う「それ」を購入するために何度か階下のショップを訪れていたからだ。結局、というか当然サイズが合いそうにも無いので断念したが、そのお店がどうやらこのカフェの経営母体らしい。ネットで偶然にもここを見つけた近城は、ようやく勇気を奮い立たせてやってきたのだ。

「いらっしゃいませ」

迎えてくれたのはやや小柄で丸顔の可愛い雰囲気を持った女性だった。近城はやや危惧していたのだが、それは彼の望み通りだった。ベーシックな黒のベロア風半袖ロングワンピースに白のレース縁のエプロン、そしてレースのヘッドドレス。イベントで主流のいわゆる「ゴスロリ」ではなく、クラシックである。ロングなのでパニエを付けていないのは当たり前なのだが、近城が着たのと同じようなミニでないのはちょっと残念に思ったかもしれない。

が。
生身の「それ」をいきなり目の当たりにした近城は、年甲斐もなく極度の緊張状態に陥ってしまったのだ。

「ご注文お決まりになりましたらお伺いいたします」
ファストフード店のマニュアル応対とは違い、落ち着いた優しげな雰囲気だ。それが却って彼をアガらせることになった。
「あのき、きーまかれーせっとを。。」
「かしこまりました。お飲み物は?」
「え、えーアイスコーヒー」
「アイスコーヒーですね。何時お持ちいたしましょうか」
「先にお、お願いします」
「ハイ、かしこまりました」
そよ風が吹き抜ける様に彼女はカウンターの方へと去った。
固まっていた近城はようやく一息ついた。

店内は天井が黒く、壁が白で、彼女達の衣装と対を成していていい雰囲気である。普段の休日にはよくイベントが開催されるので、きっとお客が満杯なのだろうが、平日の今日はお昼時なのに近城の他には営業中らしき1人客と、SEと思しき2人連れがいるだけである。いくら料理に一定の評価があるとはいえ、食事をするというより彼女達を見に来る客が圧倒的に多いというは仕方の無いところだ。
近城は、スキあらば彼女達の麗しい姿を映像に収めていこうと思った。だが当然とはいえ残念なことに、店内は撮影禁止だった。近城のヨコシマな企ては敢え無く頓挫し、彼は前もってポケットに忍ばせたデジカメを、今度はこっそりとカバンに戻さなければならなかった。

手持ち無沙汰になった近城のところに、少し背が高くて細身の別の彼女が料理を運んできた。
量は多くも少なくもなく、味は冷静に見れば水準位上といったところか。しかし彼女を間近に見て近城は再び固まってしまい、味もよく分からないままに機械的にスプーンを口と料理の間に往復させていた。

やっと料理を平らげ終って一息いれていると、
「こちらお下げしてもよろしいでしょうか」
また彼女がやってきた。
ウェイトレスだから当然の行為なのに、またそれが目的だからちゃんと眺めればいいのに、近城はまたしてもうつむいて、
・・・オネガイシマス・・・
と蚊の鳴くような声で言うと、手持ちのPDAで意味もなく仕事の資料を開いてみたりしていた。視線をそらす間際に、彼女のエプロンの恥骨弓付近が汚れているのが、妙にリアルに目に入った。

”をいをい、そんなもんを見るためにここに来たんじゃないぞー”

ココロの中の近城が叫んだが、現実の彼はうつむいたまま画面をしかめっ面で眺めていた。

カラカラに渇きはじめた口をコーヒーで潤していると、前の席の営業君がレジに向った、と同時にSE2人組もコーヒーを飲み干して、お会計に立とうとしている。
”ちょ、ちょっとまってくれよ・・・”
近城は慌てた。しかし3人は待つわけもなく、会計を済ますとさっさと出口に消えていった。

「と、取り残された...」

店内に客は近城ひとりとなった。
ある意味では願ってもない状況なのだが、「客がイッパイ、彼女達もイッパイ、んでもってゆっくり鑑賞」を想定していた近城にとって、彼1人vs.彼女タチ2人は余りにもイタいシチュエーションだった。

近城はコーヒーを無理矢理流し込み、慌てて会計を済ますと、逃げるように出口を目指した。
「またお越しくださいませ」
明るく柔らかい声が、背後から追いかけてきた。
近城は、やはり振り返ることができなかった。



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....その55へ続く(求まほろさん)