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短期集中連載(笑)

−この物語は、フィクションである−


その34

「だからぁ、赤いボタンを押すのっ!!もうー早くしてよっ!!電車きちゃうじゃない!!!・・違うぅっ、赤いボ・タ・ン!!いーから早くしてっ!ダレがいるの?!ダレっ?!ダレでもいいからぁーっ!!もーっ早くしてよ!出てるでしょ!!・・・出てるわよーっちゃんと新聞ぐらいの字の大きさなんだから〜も〜っ!!は・や・くしてよ〜っ!!」
駅ビル2Fに位置するホームの天井に、電車の急制動時にも似た大音響の金切り声がこだました。

寝坊して遅刻が確実となり「のんびり特急で座っていこう....」と、いつもより30分遅れて駅にたどり着いた西信次(29)は、ボンヤリと、朝の通勤客の頭が一点に向けられている、その方角に目をやった。
そこには烈火の如く怒りながら受話器に向って火を噴くタッコングのような女性の姿があった。猛威を振るうその口調と、階段は歩くより転がっていったほうが早そうな球に近いぷろぽおしょん、そしてピンクハウス系のフリフリドレスのバランスが絶妙である。オモシロソウなので、しばらく見ていることにした。
最初西は「ははぁ、OLがビデオ予約でも忘れてて、家族に操作を頼むうちに逆ギレしてるのかな・・・?」と思った。だが、どうもそうではないらしい。
「・・・だから〜っ!!名前が出てるでしょ?!!ダレでもいいわよ!ダレなの?!ダレ?!!も〜っ!どうしてわかんないのぉっ!!だから休みの人はいいのっ!!もっと下!!そう!出てるのはダレ?!・・・」
その横柄な口調は、どうも会社か店の部下に向けられているようなカンジである。さしずめこの女性はブティックか何かの店長さんで、部下のシフトの確認をしようとして、出社している部下に端末か何かを操作させてるのだが、その操作が拙くて目的の情報になかなかたどりつけず、噴火してしまったということだろうか・・・?いずれにしてもこんな暴風の下では働きたくないものだ..
西がそんなことを考えながら眺めている内に、ホームに特急電車が滑りこんできた。
西が乗車口に向かうと、「ダレ店長」も受話器を叩き付けるように置くと、同じ列車に乗り込んだ。興味をそそられた西は、彼女の後を追った。

ダレ店長が向かったのは、西の席のある車両の進行方向寄り、車販コーナーのあるデッキに設置された車内電話だった。受話器をムシり取ると、また先ほどとまったく同じ火炎放射が始まった。
・・・だから〜っ!!名前が出(ガーッ)てるでしょ?!!ダレでもいいわよ!ダレなの?!ダレ?(ゴーッ)!!も〜っ!どうしてわかんない(ガーッ)のぉっ!!だから休みの人はいいのっ!!もっと下!!そう!出てるのはダレ?!・・・」
特急の細いデッキに挟まりそうな巨体を自動ドアの赤外線が捕捉するたびにガラスのドアが開き、そこから轟音が客室内に雪崩れ込んでくる。おかげで朝のケダルイ車内の雰囲気は、そこだけ妙な活気に満ちていた。
西はしばらく眺めていたが、やがて飽きてしばらくメール打ちに没頭した。

そして20分ほど後。メールを打ち終わった西が顔をあげると..
・・・だから〜っ!!名前が出(ガーッ)てるでしょ?!!ダレでもいいわよ!ダレなの?!ダレ?(ゴーッ)!!も〜っ!どうしてわかんない(ガーッ)のぉっ!!だから休みの人はいいのっ!!もっと下!!そう!出てるのはダレ?!・・・」
(おいおい、まだやってるよー....)
ついにテレカが切れた。特急の車内電話での高額な通話料では、テレカがそう長時間もつはずもない。
やっと諦めたか....と思いきや、ダレ店長は電話の時とは打って変わって柔らかい表情と口調で、乗務員女性に話しかけた。

「あのぉースミマセン、テレカいただけますぅ?」

カワイソウに、傍らで一部始終を見ていた乗務員は必死に営業スマイルを作っているが、完全に怯えきっている。対岸の火事が延焼してこないように、必死でバケツの水をかけてるようなカンジだ。

ダレ店長がテレカを受け取ると、また川向こうが炎に包まれた。

・・・だから〜っ!!名前が出(ガーッ)てるでしょ?!!ダレでもいいわよ!ダレなの?!ダレ?(ゴーッ)!!も〜っ!どうしてわかんない(ガーッ)のぉっ!!だから休みの人はいいのっ!!もっと下!!そう!出てるのはダレ?!・・・」

ここまでくると、怒りまくるダレ店長もダレ店長だが、駅から通算するともう数十分も同じたったひとつの操作を命令されて、それが実行できない電話の相手も相当スジガネ入りと言わざるをえない。怪獣の攻撃を必死に耐え、最後のスペシウムかたるしすを待つウルトラ警備隊の心境なのだろうか。それにしても、もう終点近くである....
・・・だから〜っ!!名前が出(ガーッ)てるでしょ?!!ダレでもいいわよ!ダレなの?!ダレ?(ゴーッ)!!も〜っ!どうしてわかんない(ガーッ)のぉっ!!だから休みの人はいいのっ!!もっと下!!そう!出てるのはダレ?!・・・もーーっ、着いちゃうからいいわよっ!!!!(ドガチャンッ)」

丸太のような腕から放たれたろけっとぱんちが壁を貫通するかと思われるような勢いで受話器を叩きつけたダレ店長は、やがて到着したターミナル駅の人波の中へと、その巨体を消した。

雑踏に、いつものさざめくような静寂がおとずれた。

同じく電車を降りた西。職場へ向かう各駅停車へと乗り換えるため、国電のホームに歩をすすめようとしたその時。
「・・・だから〜っ!!名前が出てるでしょ?!!ダレでもいいわよ!ダレなの?!ダレ?!!も〜っ!どうしてわかんないのぉっ!!だから休みの人はいいのっ!!もっと下!!そう!出てるのはダレ?!・・・」
西の目に映ったのは、居並ぶ公衆電話のど真ん中を占拠し、またしても猛攻を加え続けるダレ店長の勇姿だった。

遅刻の時間を気にしながら急ぐ西は、ダレにも聞こえない声でそっとツッコミを入れた。

「会社行けよ‥‥」



....その35へ続く(でゅわっ)